街あるき

2024年1月26日 (金)

アートにふれる港町

 岡山県玉野市の宇野駅前~宇野港には、「海の復権」をテーマにしたと云うアート作品の数々
が屋外展示されていました。実は、1月15日掲載の「宇野のチヌ」もその1つであったのですが、
そのほかにも色々ありました。まず、JR宇野みなと線の終点、「宇野駅」です。

 「JR宇野みなと線アートプロジェクト」のうち。エステル・ストッカー 作

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  (左)「海からの贈りもの」白井美穂 作
 動物たちにロックスターを連想させる
 衣装を纏わせたと云う。
 

  「終点の先へ」 小沢敦志 作 
放置自転車をアート化するプロジェクト。鉄を熱して叩いて溶接し、新たな自転車に再生。
終点の先へは自転車で行けと云うことかとばかり思っていました。その“終点”と掛けてるんか? 

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 「愛の女神像」ドルヴァ・ミストリー 作 無粋なジジイは、ちょっとだけ気恥ずかしい思いで撮影。
せやけど、脚が多いのが気になりますなぁ。

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 「舟底の記憶(スクリュー)」 小沢敦志 作 
ノルウェー船のスクリューを用い、瀬戸内国際芸術祭2016期間中のワークショップで溶接。

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 「舟底の記憶(いかり)」 小沢敦志 作 
旧日本軍の軍艦のイカリを用い、海底の遺物の付属物のように増殖し続ける。これも2016年の
ワークショップで制作された作品。

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 「宇野コチヌ」 淀川テクニック 作  「宇野のチヌ」の子供誕生。玉野市内の家庭から出た
不用品や瀬戸内の島々で集めたゴミで作成された作品。口の中が“滑り台”になってました。

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 これらの作品群を歩いてみて回るには少し距離があるので、駅の案内所のレンタサイクルを
活用しました。JR宇野駅のコインロッカは、改札内に設置されているのですが、コインロッカー
利用のためなら出入り自由とのことでした。

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2024年1月15日 (月)

「宇野のチヌ」を見てきた

                                    (クリックすると拡大します)
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 宇野(岡山県玉野市)は、紫雲丸の悲しい事故が促した“本四架橋”の実現(昭和63=1988=年)
まで、本州から四国への玄関口でした。その宇野を訪ねて、旧岸壁エリアを歩いてきました。

 「宇野のチヌ」は、瀬戸内国際芸術祭2010の芸術作品(作品番号75番)として展示されたもの
で、大阪の淀川河川敷を拠点に活動する淀川テクニックの柴田英昭氏(岡山生れ)の作品です。

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 宇野港周辺の沿岸や主に児島湖で集められた漂流物で制作されたオブジェ「宇野のチヌ」は、
世界の各地から海を渡って瀬戸内に漂流した廃棄物が新たなフォルムとなり、宇野港開港80周年
記念モニュメントのアート作品として宇野港に展示されているのです。チヌは黒鯛のこと。

 また、隣にある「コチヌ」は2016年に誕生し、頭からお尻へ抜ける滑り台になっていました。 

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 スグ前の宇野港からは、直島・豊島・小豆島行きのフェリーや小型船が発着していました。

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 【つぶやき】 この後しばらく、昨年暮れに用意して
       いた“ネタ”をUPしてゆきます。神社の件は、
       些か食傷気味でしょうから、気分転換と云
       ったところですが、こちらもシツコイお話し
       になりそうです。

2023年10月23日 (月)

「平野郷」まち歩き ③

 9月末だと云うのに、ずいぶん暑いこの日でした。なるべく日差しを避けたいので、商店街の
些か古びたアーケードに戻りました。この辺は、まだ活気がある感じです。

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 商店街が天神筋と交わるあたりに残された石標。左 さかい 住よし なかの などと記されてい
ます。龍田越(亀の瀬越)奈良街道や八尾街道、中高野街道への案内でしょうか。

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 坂上田村麻呂の娘で、桓武天皇の妃となった坂上春子が開いたと云う「長寶寺」は、南北朝
時代には、後醍醐天皇が吉野への途次、仮の皇居としたこともあるそうです。室町時代の住職
であった慶心坊尼が頓死、恐ろしい地獄の閻魔大王の前まで来たが「このものは閻魔王の実判
を持っているから地獄に落とせぬ」とて、3日後に蘇生したとか。その閻魔王の実判や青蜘蛛
の舎利、閻魔王の木像は、今も長寶寺に残されているそうです。なお、ここでは、水神に祈る
ため、手水鉢の瓢箪に水を掛けることになっているんだそうです。

 杭全神社の夏祭りでは、御輿渡御の神事が行われるほど、杭全神社との因縁が深いらしい。

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 長寶寺の北裏には、「坂上廣野麿屋敷跡」の碑がありました。坂上廣野麿は、坂上田村麻呂
の次男で、大阪市内の東横堀川に末吉橋を架けた末吉家は、その子孫なんだそうです。そして
地名の「平野」も「廣野」が転化したものだと云われています。

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 重厚な門構えが残る「末吉家」の建物を見ながら、大念仏寺へ歩きます。

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 大念仏寺へは「南門」から入ります。この門、もとは、現在の平野小学校のところにあった
古賀藩の陣屋門で、廃藩置県後しばらく、平野小学校表門でした。昭和37(1962)年の小学校
改築に際し、大念仏寺に移築されたものとのこと。樟の一枚板で出来た門扉です。

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 ただいま大念仏寺は、“令和の本堂大改修” 工事中。あの金剛組の施工です。

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 鳥羽上皇の霊牌と御真影を祀る霊明殿が建てられたのは、保元元(1156)年 。寛永年間には
家康公が合祀され、平成20(2008)年の大修復に際して、あの一休さんと縁のある後小松天皇
も合祀されたそうです。

 それはさておき、この霊明殿の南側に、妙な “橋” が残されていました。これは、かつての
環濠の遺構の一つだと云われています。つまり、この石橋の下に水路があったんでしょうね。

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 帰りしなに、「大源山」の扁額のある山門を振り返りました。この山門は “融通無碍門” (ゆう
ずうむげもん)とも呼ばれ、融通念仏の功徳を称揚しているんやそうな。知らんけど。

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 大念仏寺門前の「馬場口地蔵」のスグ北には、かつては環濠が回り込んでいたそうです。
現在は、やや広めの路地の感じですが、「平野郷」は、こうした環濠で守られていたんですな。

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2023年10月19日 (木)

「平野郷」街あるき ②

 旧平野郷のアチコチでは、“町ぐるみ博物館”と云うのが盛んです。ひとつひとつは小さいけ
れど、あちこちに歴史の面影と伝統が残っている。平野は町そのものが博物館だそうです。

「ちっこい だんじり館」は、杭全神社の夏祭りに欠かせないダンジリのミニチュアが常設展示
されています。わが子や孫のために作られた手作りの小さなダンジリの数々です。年に1回しか
開帳されない「ゆうれい博物館」のようなのもあり、全部回るのは至難の業でしょうね。

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 この細道は、かつては舟運のための水路だったんでしょうか。

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 チンチン電車平野線が廃止されて、人通りが減ったとか云われてる平野本町通り商店街。
 
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 この小林新聞舗は、創業が明治22(1889)年と云う、大阪市内最古の「新聞屋さん博物館」。

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 商店街の一画に面してある「全興寺」には、「駄菓子屋さん博物館」と「平野の音博物館」。

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 全興寺でお土産として頒布されている「地獄堂」のミニチュア(紙製品)。“地獄ミクジイ”付き。
「濃い目にしときましたと嘘をついたお前は、叫喚地獄行き」らしい。知らんけど。

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 地獄堂は100円です。入口の寺務所で、「地獄通行手形」を買ってからお詣りするべし。

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 地獄堂手前にある 地獄・極楽度チェックシステム。矛盾があると舌を抜かれるんやとか。

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Dscf3572  商店街に面した横合いから入山しましたが、
 全興寺の本来の山門は、こっち側のようです。
  もう一回、続きます。
 
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2023年10月16日 (月)

「平野郷」 まち歩き

 大阪市平野区のJR平野駅南には、かつて15年ほど通った職場がありました。「大阪おもしろ
ツアー」の9月例会に参加して、1,200年連綿とつづく歴史と文化の環濠自治都市「平野郷」を
巡ってきました。集合時間よりだいぶ早く着いていたので、出発間際に、入場券でトイレ借用。

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 JR大和路線の線路沿いに駅から続く細道を東へ。この辺は、大日本紡績(ニチボウ)の平野工場
の跡地で、長らく、黒い板塀で囲われていました。そのころの関西線には、2~4両の気動車が
運転されていて、朝夕のラッシュ時には、SL牽引の客車列車も走っていましたよ。(昭和46年)

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 高層マンション群の傍らの、杭全(くまた)神社の境内に接する場所に、かつての環濠の一部
が残されていました。マンション階下の飲食店にはよく来ていましたが、こっち側に来たことは
ありませんでした。環濠都市/平野郷の地勢的な名残ですが、もうここにしかないそうです。

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 近くを流れる平野川も、旧大和川の付け替え前の支流の1つで、船溜まりがあったそうです。
平野川をたどる水路は、天満橋付近で大川(旧淀川)に通じ、船場とも結ばれて水運も盛んでした
が、大雨による氾濫を繰り返したため、昭和になると平野川分水路(城東運河)が掘られました。

 右手へ少し南下すると、「杭全(くまた)神社」です。

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 「平野郷」の古地図に現在のJR平野駅を示すと下図の◎の位置あたりで、ずいぶん北の端です。

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 「杭全神社」は、この地に荘園を有していた坂上田村麻呂の縁者が貞観4(862)年に素戔嗚尊
(牛頭天王)を勧請、社殿を創建したのが始まりと云います。檜皮葺(ひわだぶき)春日造の第三殿
は、大阪市内で最古の建造物とされています。

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 社域には「平野郷」の環濠の遺構が残るだけでなく、日本唯一の「連歌所」も残されていて、
明治期に一旦廃れたが、昭和62(1987)年に復活、現在も毎月連歌会を催されているそうです。

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 JR平野駅南に職場があったころ、再々、この社務所横で忘年会などをさせていただきました。

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  湿地の近くには、大楠が残されているものです。杭全神社の巨樟も樹齢1,000年とか。

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 竹生島から弁財天が飛来したと伝わる、境内の弁天池にある「宇賀神社」前を通って大鳥居へ。

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 国道25号前の大鳥居。江戸時代から明治の版籍奉還まで「平野郷」は、古河藩の飛領地で、
その陣屋跡碑が左手スグの平野小学校門前にありました。右手には、なぜか、金光教の教会。

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 大鳥居の前で国道25号を渡ったところに、中高野街道の始点と云われる石標がありました。
當社(杭全神社)を基準にして、「右 大坂」、「右 かうや山」などと記されていました。

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 9月末と云うのに暑い日でした。「平野郷」巡りは、まだまだ序の口です。次回につつぎます。

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2022年11月 3日 (木)

おとなしいシカ

 だいたい、“鹿せんべい”を持っていなければ、シカは、興味を持たないのです。焦らすのが
一番危ないそうなので、シカに近づくときは、せんべいナシが鉄則ですよ。

 誰が せんべいくれるんやろかなぁ。急に人が増えてきたけど・・・。

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 あの人らに、あんまり近づいたらアカンでぇ。エエか。

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 あの人ら、せんべい持ってへんやろ。そない もの欲しそうにせんときぃ。そやでぇ。

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 カメラもってるけど、せんべいは どないしたん? なぁ。おっさん。

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 せんべい持たんと、写真ばっかり撮りなやぁ。すかんタコ。

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 一時的に“仕事”が輻輳してしもて、ネタ枯れ状態です。ストックからの絞り出しです。

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2022年10月13日 (木)

「Tegami Cafe」は 旧名柄郵便局

 彼岸花の御所市を訪ねた日、もとの名柄郵便局をリノベーションしたカフェに寄りました。

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 “公衆電話室”が設えられていました。昔懐かしい磁石式電話で、中に入ることもOKです。

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 郵便物を運んでいた“人車”や木製のポスト、郵袋の展示も。(手前の壺は仕込中の梅干)

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          旧式のラジオや大小の薬瓶が置かれていました。

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 鮭と地元野菜のヘルシーランチ。お米は、地元の「吐田米」。吐田と書いて「はんだ」と
読むのは、奈良県磯城郡川西町にもありますが、水はけと関係がある地名なんでしょう。

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 名柄郵便局は、明治35(1902)年の開設。大正2(1913)年建造の局舎は、昭和50(1975)年
の移転で空き家になっていたものを、平成27(2015)年に「郵便名柄館 Tegami Cafe」として
再生したんだそうです。お客は女性ばかりだったので、ジジイ一人は気が引けましたがね。

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 名柄までは、臨時彼岸花シャトルバスがありましたが、この先は、“葛城のみち”を歩きます。

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  なお、旧名柄郵便局の建物は、あの堺屋太一さんの実家の持ちものだったそうです。

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2022年9月22日 (木)

だんじりのまち 岸和田 ③

 だんじりは、9/18で終わりましたが、積み残した岸和田街あるきの続きです。岸和田市役
所前の本町交差点から南へ、ゆる~い上り坂が続いています。「こなから坂」です。左手前
から勢いをつけて、交差点のクランクを経て、この坂道をだんじりが一気に駆け上がります。

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 市役所の玄関先を通り過ぎると、まもなく岸和田城です。このお城は、慶長2(1597)年に
築ずかれ、文政年間の落雷で天守が焼失していたのを、昭和29(1954)年に復興したと云う。P13101942
                          (下の図は、城の説明板より)
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 三の丸神社は、濠に沿った道から外れた奥に、こじんまりと坐しました。南北朝時代に岸和
田城の守護のために城中に創建され、のちに現在地に遷座。元禄期に伏見稲荷を勧請し、領民
の城入り、お詣りを許可したのが「だんじり祭」の起源のひとつになったそうです。

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 三の丸神社の由来記によると、初期のだんじりは、大和川付替え大工事の土砂を運ぶ車に
太鼓を載せて城入りしたそうで、だんじりに “地車” の字をあてる由縁だそうです。

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 三の丸神社の近くには、モダンな腰折れ屋根がつづく、大正時代の洋風集合住宅が今も
現役でした。“マンサード長屋”と呼ばれ、当時としては、憧れの住宅だったようです。

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 堀に沿って曲がり込んだ先に、岸城(きしき)神社です。15基のだんじりだけが宮入りします
が、本殿前まで来ることははなく、大鳥居の前まで、神官が出向くようです。

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 ここ、岸城神社の狛犬は、陶器製でした。備前焼だとか。

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 市役所の方へ戻ったところにある「だんじり会館」は、だんじり祭の魅力を一堂に集めた
館です。大迫力のマルチビジョンで、だんじり祭の雰囲気を味わえるひと時でした。(¥600)

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 今回の岸和田巡りは、まいまい京都のてくてくツアー「祭直前、お囃子響く街をゆく」に
参加、岸和田ボランティアガイドの木村さんに案内いただきました。おおきに。(一部別途)

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2022年9月15日 (木)

だんじりのまち 岸和田 ②

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 「堺町」のだんじり小屋では、だんじりを曳き出して、足回りの整備が行われていました。

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         長い梃子。これでコマの動きを制して、方向転換する由。

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 だんじりのコマは、4トンものだんじりを支える重要な部材なので、保管中は、別のコマを
履かせているそうです(重さで変形するらしい)。このコマ4つで30万円ほどするとのこと。

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     昔はなかった非常ブレーキの搭載が義務付けられていて、その整備には慎重を
    期するとともに、万一の使用時には、瞬間的に大変な決断が必要なのだそうです。   

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 見学のメンバーは、だんじりの飾り物が気になって、ついそっちに目が行ってしまいます。

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  小鳥たちの彫りものは、
 スプリングの先に取りつ
 けられていて、だんじり
 が動くと、躍動するよう
 に工夫されていました。

 


 



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 だんじり後部には、木製のタンクが装備されていて、水(?)を貯めるようになっていました。 

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 だんじりの整備がひと段落すると、保管してあった寄付芳名板の再設置です。

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 昼過ぎのエエ時間でした。もとの銀行をリニューアルしたカフェにて、優雅にランチです。

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 店内では、ライブが催されていました。

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 昼食後、 だんじり会館ほかをブラブラして、岸和田駅へ戻りました。
 
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2022年9月12日 (月)

だんじりのまち岸和田

 岸和田のだんじり祭、今年は、9/18(日)が “本宮” ですが、それを前に、8/28(日)、
だんじりの街の様子を見に行ってみました。我が家からは、京阪-JR-南海と、電車
を乗り継いで1時間半ほどて、岸和田駅に到着です。この日は、まいまい京都主催の
てくてくツアーに参加、祭直前、お囃子が響く街を地元の方のガイドで歩きました。

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 ヤングレコード店頭には、全町のだんじり祭の映像を収録したDVDなどが所狭しと陳列され
ていました。過去映像が大画面で上映され、ここに立っているだけで、ワクワクしてきます。

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 駅前通り商店街の背の高いアーケードの下では、だんじり巡行時の安全対策として、支柱
や電柱には、紅白のクッションが巻き付けられていて、祭の準備が着々と進んでいるようで
す。この紅白のクッションは、だんじりの衝突に備えているんだそうです。

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 アーケードの横筋でも、アチコチで、祭の準備が進められているようです。

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 府道(旧26号線)の向こうは、本通り商店街です。鉦の音が聞こえています。10時半から練習
開始とのことでしたが、少し早く着きました。でももう、だんじり小屋が開いているようです。

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 鉦の音につられて、「五軒家町」のだんじり小屋をのぞかせていただきました。

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   バチと云うのか、大太鼓のものですが、血が浸み込んでいます。

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 本通り商店街もそうですが、だんじり巡行コースの路面は、舗装が強化されているそうです。

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  祭を衣装で支える木島屋。
 祭礼衣装と祭たびのお店。
 

 

 

 

             

 ここ小門紙店前は、旧紀州街道との交差点。“やり回し”で、だんじりが勢いよく曲がって行
くところ。電柱には、シッカリと防護処置が施されています。クッション機能よりも、目立た
せて注意喚起しているようです。ただ本番では、この辺には近づけないとのことでした。
    
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 旧紀州街道は、かつてのメインストリートです。銀行などの趣きのある重厚な建物が維持
されていました。もと和泉銀行の建物は、カフェになっているそうなので、後ほど訪ねます。

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 和歌山から大阪に至る旧国道(紀州街道)の古城川に架かっていた橋で、石で欄干まで造ら
れた立派な橋だったので、いつしか「欄干橋」と呼ばれ、この地方の道路元標にもなっていた
そうです。本番では、だんじりは、この欄干橋も渡ります。

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 天気はイマイチでしたが、さほど暑くなくて助かりました。この先で「堺町」のだんじりを
見学させてもらいます。だんじりコマの交換など、興味深い作業でした。次回に続きます。

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