ウォーキング

2020年9月10日 (木)

#おと。 生駒東山麓のカフェ

 実は、今回の信貴山東ケーブル跡を歩く前に、生駒山東側の中腹、生駒市鬼取町と
云う思わせぶりなところにあるカフェ「おと。」にてランチしてきました。数量限定なので、
事前予約が不可欠なところ、月曜だからか、ダメ元の直前予約で何とかセーフ。

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          近鉄生駒駅で生駒線に乗換え、南生駒駅へ向かいます。 

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          生駒駅から乗って来た王寺行きが出て行きました。
         南生駒から先は、単線区間です。

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 今回は、午後、信貴山周辺を歩くので、生駒市のコミュニティバスに乗ります。駅の改札前
に掲示されていた案内図のおかげで、バス停はスグ見つかりました。(南生駒駅前発10:28) 

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 鬼取町を通る便は、1時間後までないため、往路は途中折り返しのバスで、西池停から歩きます。
但し、このコミバスは、平日しか運行されていません。定員8名。(西池着10:38)200円。
         
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 西池の傍を抜ける“酷道”308号線。大阪~暗(くらがり)峠~奈良の、れっきとした国道ですが、
運転初心者には、急坂と急カーブが続く、恐怖の狭隘路です。歩くのも、辛い坂道でした。暑い。

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          暑いさなか、舗装路の水気が残る窪みに カタツムリを
         発見。あんたも暑かろう。          

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         ようやく、“酷道”から宝山寺への分岐点に到着。(10:50) 

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 まだまだ続く、急な坂道。でもここは、“国道”ではなく市道。ますます暑いぞ。

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 この「鬼取(おにとり)」には、役行者が鬼を改心させ、弟子にしたと云う話が伝わっています。
振り返ると、坂の急勾配が分かります。結構、高い。もう少しやけど、最後も急坂。キツイ。

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 斜面左手に大きな木造の建物が見えたら、それが目的地。山岡ピザと同じ建屋です。

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         左手に回り込んだところにある カフェ「おと。」の門。        

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 階段を上がると、目前に「おと。」の玄関。右の出っ張りから右は、隣の山岡ピザ。         

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 店主がひとりで切り盛り。この日は、座敷に上がらず、カウンターに座りました。暑かった
ので、冷たい水を3回も お代わりしていました。もう少し近いと思ってたんやが。(11:15着)

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 8月のランチプレート。これまで、「おと。」には2回来ていますが、ランチは初めてです。

 ♢ 海老カツ 自家製トマトソースを添えて  ♢ 枝豆ととうもろこしのスパイシーサモサ
 ♢ ズッキーニと鶏ササミの冷製ジェノベーゼ ♢ 茄子の豆板醤
 ♢ ほうれん草のお浸し ♢ ひじきと大豆煮   ♢ きゅうりと春雨のサラダ
 ♢ キャロットとくるみの白和え                    ♢ 季節の果実(いちじく)

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 「おと。」には、ゆったりとした非日常を楽しみに来られる人がほとんどで、ランチだけで、
慌ただしく辞去する輩は稀です。でもこの日は、後の計画があり、12:14鬼取町発のコミバス
に乗らなあかんかったのです。コーヒーもいただいて、ギリギリ 12:05 出発。

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 復路は下り一方なので余裕でしたが、鬼取町のバス停が分らず、オロオロ。結局、手を挙げて
乗せてもらいました。往路で運転手さんに話していたのが幸いしました。(鬼取町12:14発)

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          このコミュニティバスは、誰でも乗れますが、定員8名。
         満員だとダメ。鬼取町からは¥350。(12:37 南生駒駅着)

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           コミバスでの鬼取町往復は 南生駒駅11:26→鬼取町11:48、
        鬼取町15:41→南生駒駅16:04 しかない。平日のみの運行。
        なお、ケーブル宝山寺駅からハイキングコースを歩いて45分。                     

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          「おと。」11:00~17:00、隣の山岡ピザと共用の駐車場あり。
        電話 080-4013-0369 (ランチは¥1,500、要予約) 火・水 休み。

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2020年6月22日 (月)

伏見/名水スタンプラリー ④


         「名水スタンプラリー」の最終回ですが、京阪電車伏見桃山駅
        の直近には「京阪バス発祥の地」の立派な石標がありました。
         1922(大正11)年にハイヤーで創業した桃山自動車がルーツ。

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         近鉄桃山御陵前駅を過ぎ、京阪伏見桃山駅前の踏切を渡って、
        大手筋商店街のアーケード通って、中書島方面へ歩きます。

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         大手筋商店街のアーケードを外れて南下すると“会津藩駐屯地跡”
        に出ました。いまは幼稚園になっていますが、東本願寺の伏見別院
        (伏見御堂)の前です。

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 しばらく行くと、酒蔵が続く一画に、焼鳥料理の“鳥せい本店”が見えてきました。

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 この「白菊水」は、清酒神聖・山本本家の酒造りに使われ、香りのよい飲み口淡麗な日本酒
を醸し出すそうで、「御香水」と同じ水脈とか。伝説によると、稲の豊作を願い白菊を愛でる
仙人が「日照りが続いて稲が枯れそうな時には、私が愛でた白菊の露のひと雫より清水が湧く」
と告げたと伝えられています。

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         でも、この日は、残念ながら、給水中止になっていました。
        店頭で スタンプを押しただけで、次へ向かいました。

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 南側からの光景の方が趣きがありますねぇ。       

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 更に南へ進んだところから振り返ってみると、かつての酒蔵の長大さに驚かされます。

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         中には、しゃれたカフェ風のお店もありましたが、15時前後は
        ほとんどが準備中でした。歩いている人もチラホラ程度。

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 この先の、月桂冠大倉記念館は、以前に2回訪れていて、「さかみず」もシッカリ飲んだこと
があります。この日は、休館になっていて、スタンプは、次の長建寺で押せるとありました。

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         宇治川派流の水路には、“十石舟”が係留されたままでした。
        コロナで運休のまま、長建寺前の弁天浜一帯は、静かでした。
                       (6/20から再開されることになったようです)

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 紅い山門、弁天さまの長建寺。ジュディオングさんの大画を見たことがあります。ここにも、
名水が湧いていたんですな。

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 ここの湧水は「閼伽水(あかすい)」と云い、仏様にお供えする水のことですが、近隣に湧き
出る水と同じ水脈だそうです。

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 大きな手洗石は、平安期の元のお寺から移したものでと云い、右の石は“カエル”だそうで、
縁起を担いだ信者が奉納されたものらしい。

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         やれやれ、スタンプラリーは、ここまで。“龍馬通り”に入れば、
        中書島駅は、もうスグです。途中にあった 由緒ありそな銭湯。

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         京阪中書島駅頭の案内板。やはり坂本龍馬ですな。

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         今回の名水スタンプラリーは、10ヶ所巡るのですが、城南宮の
        「菊水若水」と黄桜カッパカンパニーにある「伏水(ふしみず)」に
        は行けませんでした。本来は、記念品の猪口をもらえないところ、
        中書島駅の駅員さんが気を利かせてくれました。

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         2ヶ月以上、自宅に籠っていたので、この日の歩きは ちょっと
        応えましたな。まぁ、コロナ自粛解除に向けての始動です。
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2020年6月18日 (木)

伏見/名水スタンプラリー ③

 さてさて、次は御香宮神社です。平安時代、境内から湧き出た水の「香」が四方に漂い、
それを飲むと病がたちまち癒えたとか。毛利橋通からは、北側の参道に入ります。

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 霊水信仰が厚い「御香水(ごこうすい)」の吐出口は2ヶ所あり、こちらは濾過処理なし。

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 スグ隣にあるもう一つの方は、濾過処理した水だそうです。いずれも伏見の酒造りの命の水と
され、環境省の“名水100選”に数えられています。

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 本殿の正面。

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 初詣の時には、長い行列ができる、本殿前の参道も、この日は、人影がありません。

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         これまで気づかなかったんですが、今日みると、境内にも、
        伏見城跡の残石が転がっていました。

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         南側の“正門”のスグ手前に、奇妙な狛犬が置かれていました。
        ここにも、伏見義民事蹟の碑があり、毎年 5/18に慰霊祭が執り
        行われるそうです。
         伏見奉行には悪いのが居たんですな。7人の義民が幕府に直訴、
        奉行を罷免させたものの、獄中病死の由。(鉄柵の中には入れず)

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 御香宮神社の正面。大手町筋通に面しています。

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 大通りを跨ぐように建っている大鳥居。

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         ちょっと脱線して、近鉄京都線の桃山御陵前駅から、ガード下
        に連なる飲み屋街。半分が休業中のようです。

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         さらに奥の方を覗くと、なにやら昭和の断片を垣間見たような
        感じです。でも、ここでは、昭和初期につくられた連続高架橋が
        今も健在で、下から見ることができるわけです。

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        高架下京都ラーメン屋。年季が感じられますな。

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        次回は、中書島周辺へ回って、スタンプラリーは、お終いです。    

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2020年6月11日 (木)

伏見/名水スタンプラリー ②


         丹波橋駅から西方向に5分も歩くと、地元で「かましきさん」と
        呼ばれる勝念寺の門前を通ります。

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         “地獄”で釜茹での責めにあう亡者に代わり、自らが釜の中で苦を
        受ける身代り地蔵尊が祀られています。

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         丹波橋通りを西に進むと、疎水の流れである濠川(ほりかわ)の
        うえに「丹波橋」が架かっていました。

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         少し前までは、濠川に沿って酒蔵が続く所でしたが、mandaiを
        中心とした酒蔵をイメージした建物のショッピングタウンに生ま
        れ変わっていました。

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 キンシ正宗の工場は、この日お休みで門が閉ざされていました。ここの「常磐井(ときわい)水」
は、京仕込・キンシ正宗に活かされているそうで、会員による「常磐井水」保存の活動が続けら
れているそうです。門前に置かれたスタンプを押しただけで、次へ移動。門前には、交通安全
用か、大きな鏡が設置されていました。

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         そこから南に、伏見区総合庁舎に向かって10分ほど進んだとこ
        ろに、道しるべの大きな石柱がありました。伏見中学校の一画。
        「右 京大津、左 ふしのも(り)」でしょうね。つまり、伏見は京で
        はなかったんですな。

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 大黒寺は、大掛かりな工事中のようです。本堂の建て替え工事とか。脇の通用口に回りました。

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 大黒寺本尊の大黒天は、五穀豊穣・財福の神で、境内に溢れ出る水のなかに金色の光を感
じるとかで、「金運清水」と命名されています。薩摩藩ゆかりの寺としても知られ、西郷隆盛が
建立した寺田屋事変九烈士の墓碑もありました。

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         境内の小さなお地蔵さんにも、マスク。    

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         さて、南東方向に、伏見区役所をかすめて御香宮をめざします。
        上下水道局のウィンドウには、なぜか、巨大な絵凧が飾られてい
        ました。

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         その先、毛利橋通を東に歩いていると、粋な佇まいの酒処の
        玄関を見掛けました。酒蔵がやってはるんかな。

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         さらに進んだところには、銭湯がありました。「呉竹湯」の看板
        ですが、銭湯っぽくない感じです。

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         かつて京阪電車丹波橋駅に近鉄が乗り入れていた短絡線の
                       跡地を過ぎると、御香宮は もうすぐです。

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                なかなかです。更に続きます。    

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2020年6月 8日 (月)

伏見/名水スタンプラリー


 “在宅業務”も一旦、終了し、来週からの出社を前に、ちょっと出掛けてきました。コロナ
で中断されていた、京都/伏見の「名水スタンプラリー」が再開され、6/30まで延長です。

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                           (スタンプラリーのパンフより抜粋)

 樟葉駅で接続した急行で「伏見稲荷で各停に連絡」との案内放送があり、アレっ、伏見稲荷駅は
追い越し線がないので、手前の深草で退避するんやなぁ、などと思いつつ、更に手前の丹波橋駅で
降り、各停に乗換えようとしましたが、連絡はなく、結局、樟葉駅まで乗って来た準急が追いついて
きました。2ヶ月ほど、京阪電車に乗ってない間に、ダイヤが変になったかと思いましたが、京橋~
七条間ノンストップの特急“洛楽”運行の余波だと分かりました。この時間に急行があるのも珍しい。

 さて、墨染駅から徒歩5分ほどで、「藤森神社」です。勝負事の神様。

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 ここの“名水”は、「不二の水」。他に二つとない水と云う意味らしい。この日も、ポリタンクを
用意して、汲みに来られている方が二組ありました。ここの水は、地下100mから湧き出る水
で、御神水と云われています。

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         ちょうどこの時季、境内の二つのアジサイ苑では「紫陽花祭」が
        開催中でしたが、それはまた別の日の記事でご紹介いたします。
         催事の時には、溢れる人々で気が付かなかったのですが、参道
        の中ほどに「蒙古塚」と云うのがありました。蒙古の将兵と戦利品
        の兵器を納めた所とか。昔は、七つの塚があったそうです。

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         更に戻ると、真新しい「焼塩屋権兵衛之碑」の石柱があり、その
        先には、結構大きめの顕彰碑が建てられていました。奉行の悪政を
        江戸幕府に直訴し、その奉行を罷免させたものの、再吟味の尋問に
        あって獄中病臥で非業の最後を遂げた“義民”を顕彰したものらしい。

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         藤森神社の境内を出ようとすると、大灯籠の裏側に、石造り
        の“はしご”がありました。ここから登って火を入れてんやな。

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         出発が遅かったので、ここらで腹ごしらえ。コロナで閉まっ
        ている店が多く、“京うどん纏”が開いてたのは幸いでした。

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         墨染駅前の墨染通りを城南宮の方へ濠川(疎水)を渡ります。

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         その先の、深草山(しんそうざん)墨染寺(ぼくせんじ)は、桜寺
        とも呼ばれ、墨染(すみぞめ)の地名の由来となった墨染桜が植
        えられています。
         ~深草の野辺の桜し 心あらば 今年ばかりは 墨染に咲け~

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 その先、5分ほどの所にある料亭“清和荘”は、新選組の近藤勇遭難の地と云われています。

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 この“清和荘”の一画には、「清和の井」があり、清和荘の料理を美味しくしてくれる命の水だ
そうです。もっとも、この時は、コロナのこともあり、柄杓も撤去されていました。

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         一旦、墨染駅に戻りました。丹波橋駅まで一駅のことですが、
        暫く出歩いていなかったので、無理しないことにしました。

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        次回へつづきます。

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2020年5月14日 (木)

近所ウォーキングに2時間だけ


                     あ~ぁ、閉所拒否症候群かなぁ。庭いじりと柄杓での水やり
            だけでは、歩数もはかばかしくないので、ちょっとウォーキング。
        寝屋川堤防と第二京阪国道の交点にある ちっちゃな公園にも、
        “外出自粛”の御触れが出ていました。

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 その公園の横には、“成田山萱島不動尊”やて。以前、ここには「成田山大阪別院」の巨大な
案内塔が建っていましたが、いつの間にか変わっていました。大阪から京都は、鬼門の方向に
あたるため、京阪電車が千葉の成田山新勝寺を招請、沿線への住宅や企業の招致に厄払い
したんですな。かつての案内塔には「仏心で握るハンドル事故はなし」と大書されていました。

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 第二京阪国道は、高速道路と一般道(国道1号移管)に加え、側道と歩道がセットで整備されて
いるので、側道に沿って、所々で曲折している歩道を歩きました。
 道路脇の広いデッドスペースには、カラスのエンドウが繁茂していました。

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 京都方向へ15分ほど歩くと「讃良川」です。萱島の南で寝屋川と合流しています。細いけど、
大雨が降ると、危険な天井川です。今は「さんら」と読みますが、古代は「さら」でした。

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 誰も歩いていませんので、ここらで、マスクを手に持ちました。

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 大阪外環状線(そとかん)との交点では、「北河内サイクルライン」と名付けられた自転車道
が整備されていました。第二京阪道の左右をあっちへ行ったり、こっちへ来たりしています。

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 何せ、計画から40年以上経ってできた国道なので、防音対策が異様に万全です。寝屋川市と
交野(かたの)市に掛かる部分ですが、ここは、寝屋川市内でしょう、レンゲ畑が公開されていました。

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 ここまで防音対策しないと建設できなかったと云うことですね。さすが国道と云う感じです。

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 寝屋川市と交野市の境にトンネルがあり、その上に公園(寝屋川第二トンネル南緑地)が設け
られていました。そこから見た大阪方向の光景です。

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 そして、その公園自体が「高宮遺跡」です。古代の大型建造物の跡だそうです。この北西には、
古代寺院の高宮廃寺跡があり、第二京阪道の建設に伴う発掘調査で、古墳時代中期~鎌倉時代の
集落の跡が発見されたとのこと。大きな柱穴を持つ奈良時代の高床の倉庫跡と推定されています。

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         ブラブラ、1時間半ほど歩きました。さらに、コーナンまで
        30分ほど歩いて、昭栄町から萱島駅前へのコミュニティバス、
        1時間に1本の“タウンくる”に間にあいました。乗客は3名。

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        バスの最前部の座席は、使えないように“封鎖”されていました。

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         しばし、解き放たれた気分に浸れました。また頑張るか。

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2020年5月 4日 (月)

れんげ畑


 ちょっとだけ、息抜きしようと、近くで開放されているレンゲ畑に行ってみました。

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 ここは、京阪電車萱島駅の北側300mほどのところです。

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 農家のご厚意で、開放されているところです。

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 大昔、登下校の“道草”で、これを摘んで可愛いあそびをしたでしょう。

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 結構ひろい一画に、レンゲ畑が広がっています。この後、緑肥として抄き込むそうです。

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 コロナストレスから放たれ、大昔を懐かしむひとときでした。あはは・・・。

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                                           (寝屋川市のHPより抜粋/翻案)
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2020年2月14日 (金)

古市で古墳巡りウォーク ②

         峰ヶ塚古墳は、“白鳥通り”に面して、峯塚古墳公園と
        して整備されていました。

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         ここは、宮内庁管理ではないので、発掘調査も進んで
        3,500点もの副葬品が見つかっています。5世紀末造営。
         
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                         クリックすると拡大します           

 モニュメントの後方に広がっているのが峯ヶ塚古墳。二段の盛土は幾層にも叩き固められ、
高度な土木工事の跡が見て取れるそうです。巨大な古墳は、全貌を撮るのが難しい。

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                  「左さかい、右ふるいち」かな。竹内街道と葛井寺へ
        向かう西国33ヶ所巡礼みちとの交差点にある道標。 

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 「古市大溝(おおみぞ)」の遺構と云われています。古市古墳群を通る巨大な水路の跡。全長
12kmもあり、富田林市喜志で石川から取水し、羽曳野市の西浦~軽里~高鷲~島泉と流れて、
東除川に通じていたらしい。5~6世紀に築造された古墳(軽里4号墳)の一部を破壊して造成され
ており、目的は不明ながら、幅20m、深さ4.4mもあるため、運河ではないかとの説もあります。        

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 “旧石器人のアトリエ”を再現した翠鳥園(すいちょうえん)遺跡公園。住宅団地造成に伴う発掘
調査で発見された石器時代の大遺跡。地表から60cm下に二上山から運ばれたサヌカイトを加工
した石器の失敗品が続々出土、翠鳥園遺跡は、旧石器の“工房”であったと考えられています。

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 住宅街の細道を抜けると、墓山古墳です。古市古墳群の中で5番目の規模の前方後円墳。
応神天皇陵の陪塚(ばいちょう)と云うことなので、墳頂部を宮内庁が管理しています。

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                          クリックすると拡大します

 墓山古墳をあとに、羽曳野市役所の南側を通って、誉田(こんだ)八幡宮へ向かいます。

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         9月の大祭では、この参道をダンジリが走るとのこと。

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         誉田(こんだ)八幡宮に到着。最後の立ち寄り地です。

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 誉田八幡宮は、もとは応神天皇陵古墳の墳頂にあった小社らしく、応神天皇・仲哀天皇・
神功皇后が主祭神です。1051年冷泉天皇のころに現在地に社殿を移転、南河内の武士団や
源頼義・義家の活躍とともに、源氏の氏神である八幡神を祀るようになったと云われます。 

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         昔は、この放生橋に三角の木を置いて、神輿を担いで
        渡ったそうで、神輿を水平に保つのが大変だったらしい。

        P1010164 
      
         南側から境内に入ったけど、東側に大鳥居がありました。
  
        P1010150

        21
            クリックすると拡大します(羽曳野市の「てくてく羽曳野」より抜粋/補遺) 
 


 近鉄古市駅南側の踏切からは、橿原神宮方面(南大阪線)、河内長野方面(長野線)、古市車庫
への線路の分岐がよく見えます。右端は留置線、真ん中が古市車庫、左側が長野線、更に左手
へ折れてゆくのが南大阪線です。近鉄の複雑な歴史の中で、柏原~古市が最も古く、阿部野橋
進出は、古市~富田林よりも後年のことだそうです。

P1010175

 踏切の反対方向にある古市駅はカーブ地点にあるため、踏切からのこんな光景もいいもんです。

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 今回のウォーキングは、10:00出発の2時間コース(約5km)でした。ちょっと忙しなかったな。 
 

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2020年2月10日 (月)

古市で古墳巡りウォーク

        「世界遺産登録古墳を日本遺産・竹内街道を通って巡ります」
       と云うキャッチで開催された史跡ウォーキング(フィールドミュー
       ジアム史遊会主催)に参加して、古市近辺を歩いてきました。
        集合は、近鉄南大阪線古市駅前です。 

        P1010036

         パンフレットをもらって、さっそく出発。

        P1010039

         近鉄の古市車庫を左奥に見ながら、踏切を渡ります。

        P1010042  

 竹内街道にかかると、そこは、日本武尊(やまとたけるのみこと)白鳥陵古墳への参道です。

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 東征の帰路、伊勢で亡くなった日本武尊は、白鳥となって河内の旧市邑(ふるいちむら)に
舞い降りたと云う日本書紀の記述により、宮内庁が治定しているものです。
 白鳥陵古墳は、墳丘長200m、前方部の幅が後円部の1.5倍あり、墳丘の高さも3m高く、
前方後円墳の中でも、比較的新しい時期(5世紀後半)築造の特徴を持っているそうです。

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         西側に回り込んだ住宅に挟まれた遙拝所がありました。

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         この辺の竹内(たけのうち)街道は、ウォーキングトレイル
        “時のルート”として整備されています。日本遺産に登録。

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         21       
                             クリックすると拡大します。(羽曳野市の「てくてく羽曳野」より抜粋/翻案)

 
 竹内街道沿いには、酒蔵だった建物も残っています。 竹内街道は、推古21(613)年に、当時の
外交の玄関口・難波津と政治の中心地・飛鳥を結ぶ40kmの大道(おおじ)であり、最古の官道です。

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 その先にある軽羽根迦(かるはか)神社。天照大神・蔵王権現・熊野権現を祀っています。
かつては、白鳥陵の近くにあったそうですが、日本武尊を祀ったものではないのです。

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         竹内街道の辻で見掛ける衝破除(しょうはよけ)の石標。
        T字路やY字路には、災いの情念が滞るので、厄除けとし
        て置かれたものらしい。南河内に多く見られるとか。

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         芦が池。少し進むと峯が塚古墳。遠くには葛城連山。

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           峯ヶ塚古墳公園の一画にある「時とみどりの交流館」で、
        古市古墳群のビデオを視聴。4km四方に多数の古墳が密集
        しているのは、海や平野からの眺望を意識したものらしい。

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         ここ、峯ヶ塚古墳を横目に折り返しました。つづきます。


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2019年12月 9日 (月)

鴻池新田周辺を歩く ②

 鴻池新田会所主催の史跡ハイキング「鴻池新田周辺の堤と洪水跡をたどる」の続きです。
拡幅改修された古川です。右の桜並木の右側には、旧流路が残されていました。
 古川は、淀川の旧支流の一つとされ、寝屋川の西側を並流して、門真の低湿地を流れて、
この辺りで寝屋川に合流する“悪水路”。「古川橋」は、途中の門真市内に架かっています。

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         再び寝屋川の旧堤防と思しき堤防道を進みます。 

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        「右 ならみち、左 京みち」やはり堤防道は主要街道だったのです。        

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        “鴻池スカイランド”に到着。ここは、大規模な下水処理場です。
                 
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         5階建ての屋上には、せせらぎ水路と芝生広場が設えてありました。

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 JR片町(学研都市)線の高架近くで、近畿自動車道と府道大阪中央環状線を横断します。

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 近畿自動車道と中央環状線を遠望する鴻池橋で、寝屋川を北側へ渡ります。

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 この辺りからは、寝屋川旧流路に沿った“古堤街道”です。路は狭いが、今も主要道です。

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 古堤街道は、京橋辺りから、今はなき鯰江川の堤防を今福に至り、その先では寝屋川堤防
を通って野崎や奈良へ通じていた旧街道です。

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 低湿地ゆえ、段蔵造りの蔵が目につきます。かつては軒下に川舟が吊るされていたものです。

Dscf0176 

 大東市諸福の堤防下には、諸福天満宮と勝福寺が並んでいました。永らく菅原神社と呼ばれ
ていましたが、額の銘板をめくると天満宮の銘が発見され、平成11年に改名されたそうです。

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 筋向いの勝福寺は、“羅漢寺”とも呼ばれ、江戸時代に奉納されたと云う羅漢像が祀られて
いました。現在は、明治18年の淀川大洪水でも残った100体ほどが棚に並べられていました。
(幸運にも、本堂に上げていただいて、拝観出来ましたが、撮影は不許可でした)                 

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         狭い旧街道の傍らには、“おかげ灯籠”も残されていました。

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 寝屋川堤防への坂道を駆け上がり、戎大国橋で寝屋川の南側へ渡ります。

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 戎大国橋から夕暮れ迫る西側(京橋方向)を望む。

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         JR片町線の高架下を鴻池新田へ戻ります。風が冷たいな。

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         鴻池新田会所に到着。非公開の朝日社境内にある「墾田紀功碑」
        を特別に見学出来ました。でも、お達しにより写真はupしません。

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         鴻池新田会所の“本屋”の軒下に、吊るし柿が干されていました。

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                    (鴻池新田会所の「摂津・河内の新田開発」展示説明パンフより抜粋/追記) 

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