博物館/記念館/社寺

2026年6月25日 (木)

勢至堂大修理中の知恩院へ

 京のインバウンド禍も少しマシになったかと思いつつ、京阪電車祇園四条駅から知恩院へ
向かいました。徒歩15分ですが、ゆっくりの坂道の先に段差が大きい階段が待っとります。

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 まあ、この日の人出は少なかったです。人気の清水寺への玄関口、八坂神社から市バスで
1停留所離れてるだけですが、そんなもんなんでしょうね。それでも「三門」前には、中国系の
小ツアーの姿がありました。
 法然上人浄土宗850年慶讃記念事業として、知恩院の重要文化財「勢至堂」の保存大修理
が進行中です。その現場見学会が月に1回開催され、我々は14時に御影堂前に集合です。

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 山門と “男坂”(石段の段差が大)の間に置かれた大きな “輪” は、関西万博アイルランド館
に展示されていたモニュメント 「マグナス・リン」です。作者が知恩院の佇まいに感銘を受けた
そうで、アイルランド政府の依頼により知恩院が預かって、今年9月まで公開展示しています。
 高さ6m、重量が2トンもあるらしい。叡山電車の “HIEI”の “顔” のイメージに似てます。

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 工事中の「勢至堂」は、東山山麓の上段にあり、宗祖法然上人の禅房の故地、知恩院発祥
の地とのこと。現在の本堂(御影堂)が出来るまでは「勢至堂」が本堂だったので、規模感は
違うのですが、平面構成は現在の本堂の礎になっているそうです。

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 御影堂前に集合してから、「勢至堂」への長い階段を上り、保存大修理の現場に入ります。
入口近くで長々と引っ張ってるのは、保存大修理の現場で撮った写真は、あまりSNSにUP
しないようと釘を刺されたからなんです。京都府教委の事業でもあるため、許可申請が必要
になるらしい。なので、現場写真は少しですが、正直、あまり見応えする場面もなかったです。

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 建立以来500年の間に何度も修理が繰り返され、今回は明治44(1911)年以来110年ぶりの
大修理だそうです。瓦や屋根の下地を解体して破損状況を調査し、小屋根や床組も組み直す
半解体修理となるようです。降ろされた巨大鬼瓦や懸魚(げぎょ=屋根端の山形部の装飾)も
実物展示されていましたが、前述の事情により自粛しておきます。

 「勢至堂」を出た先の「御廟堂」手前の紫陽花がちょうど見頃になっていました。

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 そしてまた急な階段を戻ります。目の前は「勢至堂」の10倍ほどもある「御影堂(本堂)」です。

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  この日の昼は、青冥の祇園店で「祇園ランチ」。
 予約なしで行ったので、だいぶ待たされました。
        (2026/6/14 訪問)

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2026年3月19日 (木)

「修羅」みたいな建物

 近鉄南大阪線の藤井寺駅は、かつては近鉄バッファローズのホーム球場があって賑わった
そうですが、今は静かな佇まいなようです。そんな藤井寺市にある奇妙な建物を訪ねました。

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P1050666   この建物「アイセルシュラホール」は、古墳
  時代に重量物の運搬に活躍したと云う木橇
  (そり)である「修羅(しゅら)」と舟形埴輪をモチ
  ーフにした外観になっていました。

   藤井寺市の観光・歴史・文化交流センター
  であり、生涯学習センターだと云うことですが、
  2階には水鳥形埴輪などが展示されていて、
  世界遺産「百舌鳥古市古墳群」のガイダンス
  フロアになっていました。

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 2006(平成18)年に重要文化財に指定された「水鳥形埴輪」をはじめ、大型の埴輪がたくさん
展示されています。なにせ、古墳の造営や埴輪の製作に当たっていたとされる土師氏ノ里は、
スグ近くです。野見宿祢が開祖とされる古墳の「埴輪」は、殉死に代わるものだったそうです。
 
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 外の駐車場に「藤の森円墳横穴式石室」が移設保存されていました。ちょっとシュールやね。

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 ところで、「修羅」って、こんなんです。出土時の写真と復元修羅(道明寺天満宮にある)です。 

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 そうそう、この建物の一画には、近鉄バッファローズを偲ぶコーナーもありました。

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Photo_20260318233201   こうした建築に拘った建物と云うのは、
  使い勝手が良くなくて、メンテナンスに
  コストが嵩むと聞きます。ここも、そう
  なんかなぁ。いささか心配です。

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2026年3月 1日 (日)

木製仮面と盾持人埴輪

  桜井市立埋蔵文化財センターは、「纏向(まきむく)遺跡」周辺から発掘された遺物を中心
に収蔵/展示されています。なかで最も目を引くのが「木製仮面」でしょう。纏向遺跡太田池
の祭祀土坑から出土したと云うもので、奈良県有形文化財に指定されています。

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    木製の鍬(くわ)の柄が刺さっていた丸穴を口に
   見立て、両目を開けて、隆起部分を鼻の形に整
   えた感じですね。

    土製の仮面は縄文時代から作られているそう
   ですが、朽ち易い木製の場合は7世紀の出土品
   がこれまでは最古だったとのこと。

    紐を通す穴がなく、手に持って顔を覆って農耕
   祭祀に用いられたらしく、同じ土坑から出土した
   土器から、弥生時代(3世紀後半)のものだと推定
   されています。

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 ここの展示の もう一つのトピックは、「盾持人(たてもちびと)埴輪」でしょう。推定復元された
ものですが、箸墓古墳のスグ東側にある茅原(ちはら)大墓古墳の墳丘裾に立てられていた
んだそうです。頭部には「衝角付冑(しょうかくつきかぶと)」を被り、鼻は残っていないものの
目と口がくりぬかれ、線刻のある顔面には赤い顔料が塗られています。全国最古とのことで
すが、こちらは桜井市指定文化財に指定されています。

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 この他にも、いろいろ見るものがありますので、見て行きましょう。馬の埴輪は、その表情が
なんともユーモラスですね。そのほかの近隣古墳からの出土品も展示されていましたが、先の
2つで “満腹” してしまったので、さらっと見ただけで、おいとますることにしました。

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 そうそう、「纏向(まきむく)犬」の復元模型がありました。纏向の王宮を囲む3世紀前半の溝
近くから犬の骨がまとまって出土、頭が小さく足が長い細身の体つきは、この時代の犬とは
似てないそうで、中国大陸や朝鮮半島からやってきた可能性があるらしい。卑弥呼の犬かも。

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 この日、「桜井市立埋蔵文化財センター」は入場無料。また撮影可だったのが何よりでした。
 
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2026年2月 5日 (木)

寒風すさぶ「若狭/熊川宿」 ➋

 こんなに冷たい日に「熊川宿」全体を歩き通す人影は、他には見掛けませんでしたよ。数軒
の鯖寿しやおろしそばのお店も暖簾を出していましたが、活気がなさそうに思ったので、パス。
第一、途中で店に入ったら、その後でまた冷たい風に吹かれるのは、かないませんよね。

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 さっきまでの青空が消え、どんよりとした雪空になってきていました。“道の駅” は未だか?

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 復原された「熊川番所」。さすが “日本遺産”、かなり質の良いマネキンが座っていました。

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 “道の駅” は、「熊川宿」の京都寄りの端っこ、国道303号沿いに位置していました。

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 寒いので、暖かいものが何よりです。思わず「熊川くずうどん」と焼き鯖寿しのセット一択。
いやぁ、熱々の鶏だしあんかけスープに生姜を溶かして、鶏肉とともに食するうどん、旨し。

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 ここでバスを1本やり過ごして、ゆっくりしました。構内にある「鯖街道ミュージアム」も一興。

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 「鯖街道」は、若狭と京を結ぶ物流の拠点として繁栄した宿場町でした。江戸期に形成された
街並みは、平成8(1996)年に重要伝統的建造物群保存地区に選定され、平成27(2015)年には、
「御食国(みけつくに)若狭と鯖街道」として、日本遺産第1号に認定されているそうです。

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 ゆっくりしてる間に、猛吹雪が襲来。えらいこっちゃ~!一時はバスが運休になったらどない
しよ、と不安が募りましたが、腰を落ち着けていると、小一時間で止みましたがね。

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 吹雪は止みましたが、冷たい風が吹き付ける国道脇のバス停で待つのは“修行”でしたよ。
近江今津まで30分程でしたが、湖西線は雪よりも風の影響で軒並み遅れていて、結局、40分
遅れの新快速に乗って京都駅に着きました。

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2026年2月 2日 (月)

寒風すさぶ「若狭/熊川宿」へ

  昨夜来の強風で、雨戸が揺れていましたが、雪は降っていませんでした。懐かしさが一杯の
居心地のよい部屋で、庭を愛でながらの朝食です。こんな気分は、つと久しぶりです。

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 昨夜の “カニざんまい” の余韻が残るなか、この梅干しの素朴な酸っぱさが堪りませんな。
聞けば、三方五湖の沿岸は、和歌山の南部に並ぶ梅の一大産地なんだそうです。 

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 若狭路の2日目は、“鯖街道” のバス旅です。午後から豪雪との予報が心配ではありますが、
何とかなるでしょうよ。電車の時間に合わせて、最寄りの三方駅まで送ってもらいました。

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 三方駅からワンマン電車で20分、上中(うえなか)駅でJRバス若江(じゃくこう)線に乗継ぎです。
若江線は、旧国鉄の計画路線に先行する形の国鉄バスの路線を継承しているもので、小浜~
近江今津間の “鯖街道” をほぼ1時間に1本走っています。

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 「新道口」でバスを降りるとスグの旧道が “熊川宿” の入口でした。所々に雪が残り、冷たい
突風のような風にあおられました。まあ、こんなときに、ここを歩く観光客なんて、酔狂な人達
なんですよ。延長1.1kmの熊川宿を一番今津寄りの “道の駅” まで歩き通そうと云うのです。

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 冷たい風は強いものの、からっと晴れ上がる瞬間もありました。ホントに瞬間でしたが。

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 無人ながら開いている施設もあって、風除けに思わず入ったところが立派なトイレだったり。

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 見慣れた顔やなと思った建屋「村田館」は、京懐石の老舗料亭「菊乃井」初代当主の生家。

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 なまこ壁の蔵や弁柄(べんがら)仕上げの建屋が並びます。現住家屋もあるようです。

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 街道の両側には、水路が流れています。冷っめたそうです。

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 小浜藩の蔵屋敷跡。蔵奉行がいて土蔵が12もあったそうな。いまは、松木神社になってます
が、訴状を持った銅像あり、年貢引下げを嘆願して磔にされた義民・松木庄左エ門28歳です。

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 冷たかったけど、道の駅 ”若狭熊川宿” まで歩き通しましたよ。次回に続きます。


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2025年12月 8日 (月)

談山神社の “なごりもみじ”

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3_20251202191101    藤原宮跡(橿原市)の現地説明
   会に行った続きで、もう遅いかな
   と思いつつ、談山(たんざん)神社
   へ向かいました。

    現地説明会場へは、11:00大和
   八木駅発のコミバスで行くのです
   が、戻りに都合のよい便がなく、
   耳成(みみなし)駅まで徒歩で25分。
   そして、桜井駅からのバスに乗り
   継ぎです。      

 犬養孝氏の手になる持統天皇の歌碑なんかを眺めながら、田圃沿いの道を気分よく歩きます。

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 あぁ~残念! 桜井駅南口からの談山神社行バスは1分前に出たとこ。次は、73分後の14:00発。
駅前のインド料理店でランチセットの昼食のあとで、バス停に並びました。神社まで25分。超満員。

 談山神社は、もう見頃を過ぎたと云うのに結構な人出があり、秋の社宝特別展も開催中でした。

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 まぁ、半分ぐらいの樹は、ピークを過ぎて、枯れ木に近いのもありました。エエのを選んでの撮影。

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 帰りの桜井駅南口行きは、予定外に頻発していました。15:32発の直前の臨時便に乗りました。
明日までだと云う土産物店で、豆餅と平宗の柿の葉寿司を買って帰ると、家人に好評でした。

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 この次の週に、奈良郊外の正暦寺を訪ねる計画でしたが、多分、同様でしょうから諦めましたよ。

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2025年9月18日 (木)

年に1回、一日だけの「幽霊博物館」

◆幽霊なんて、見たくも聞きたくもないと云う方は、今回は、スルーしてください。

 JR大和路線/平野駅の南に位置する “平野郷” には、17箇所ほどの「平野町ぐるみ博物館」が
公開されています。ひとつひとつの博物館は小粒なんですが、巡り歩いていると、あちらこちらに
歴史の面影や伝統が残っていて、平野の町そのものが “博物館” だと云うわけです。そのひとつ、
大念佛寺の「幽霊博物館」は、毎年8月の第4日曜だけに一般公開されているものです。

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 やはり、館内の撮影は不可なので、配布プリントから引用させてもらいます。幽霊図は12幅あり、
薄暗さと独特の音響効果とが相まって、あまり長くは居たくない博物館でした。

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 「亡女の片袖と香合」は、地獄で苦しむ女性が極楽往生への供養を願って巡礼者に預けたもの
とされ、夫に渡されて供養されたらしい。大念佛寺に伝わる片袖縁起にまつわる立派な品です。

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 早々に “幽霊博物館” を退出し、大改修中の本堂隣にある瑞祥閣にて、大念佛宗の来歴など
を聞きました。大阪市内最大の木造建築物とされる本堂の大改修中は、この瑞祥閣が仮本堂に
なっており、本尊ほかの諸仏も こちらに遷座されてて、間近に拝顔することができました。

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 その先に、同じ平野郷の「全興(せんこう)寺」住職が待機されていて「次は“地獄”へご案内」。

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 昭和46(1971)年から15年ほどJR平野駅南に隣接した電算機用紙の印刷工場で営業をしていま
した。電化直後、ポイントでの電車横転事故も目の当たりにしたものです。そんな平野かいわいは、
懐かしくもあり、一度も見てなかった“幽霊博物館” を訪ねる“まいまい京都” のテクテクツアーに
参加したんですが、マンション街になったJR平野駅前には、以前の賑わいが消えた感じでしたね。

P1000475dx   (2025/8/24 訪問)    
 
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2025年8月25日 (月)

橿原考古研附属博物館へ ②

 「富雄/丸山古墳」で発掘された銅鏡3つの特別公開を見に行った橿原考古研附属博物館でした
が、別コーナーの常設展がなかなか秀逸でしたので、シッカリと見せていただきました。

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 ここには、1938年以来の発掘調査での出土史料を中心に展示され、常設展「大和の考古学」は
目で見る日本の歴史になっているとのこと。

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 大型円筒埴輪は、メスリ山古墳から発掘されたもので、重要文化財に指定されているそうです。

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 権力者の住まいを表現した家形埴輪。住まいと工房、“まつり”の場が使い分けられている。

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 川西町の島の山古墳の出土品(石製腕飾り)の展示もありました。前職奈良工場の川向うでし
たので、仕事を抜けて見学の行列に並んだことを思い出しましたよ。

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 珍しい?展示に気を惹かれました。これ、何か分かりますか? トイレの遺構からの発掘物です。

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 この棒、「籌木(ちゅうぎ)」と呼ばれ、ビロウな話しですが、排泄後に尻を拭く道具。

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  数は少ないのですが、鉄製の武道具も。

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 “修理完了遺物”も特別展示されていました。藤ノ木古墳の古墳時代の金銅製鞍金具。(国宝)

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 まあ、いくら見ててもキリがない感じです。昼を回ったところで退出しましたが、入口近くには
マンモスみたいな「シガゾウ」のキバの展示もありました。でもこれは撮影不可でしたね。

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  遅くなったついでに、
 昼は西大寺駅構内の
 上等カレーでした。




2025年8月21日 (木)

橿原考古研附属博物館へ

 奈良/富雄丸山古墳に副葬されていた大型の銅鏡がクリーニングされ、公開されていると聞き、
橿原神宮近くの「橿原考古学研究所」附属博物館に出掛けてきました。撮影可らしいしね。
                                                                                              
 (1号鏡)三角縁(さんかくぶち)神獣鏡
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(2号鏡)虺龍文(きりゅうもん)鏡 「虺」って、マムシのことかな。 P1690580

(3号鏡) 画像鏡
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 これらの “棺内鏡” は、4 世紀後半の築造とされる「富雄丸山古墳」の造り出し部に設けられて
いた粘土槨(ねんどかく=埋葬施設)に1~3の順に重ねて副葬されていたそうです。古墳時代前期
には、被葬者の実権に応じて大小の銅鏡が授与されたとかで、棺外の被覆粘土中に埋められてい
た「鼉龍文(だりゅうもん)盾形銅鏡」とともに、多数の大型鏡の副葬がその有力度をうかがわせます。

 その「富雄丸山古墳」の現地見学会にも行ってましたので、ちょっとピックアップ。(2024.3.17)

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 この時、木棺の左隅に見えた青銅鏡がそうですね。


 この日は平日とあって、65才以上は入館無料でした。それでご同輩が多かったんかな。

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 1号鏡は魏の時代(3世紀中ごろ)、2号鏡は前漢~新の時代(紀元前1世紀末~1世紀初め)、
3号鏡は後漢の時代(2世紀末~3世紀前半)に、夫々中国で製作されたものらしく、古墳が築造
された時代から400年も古く、銅鏡が長期にわたって流通、保有されてきていたわけですね。

P1690709  「橿原考古研」附属博物館へは
 近鉄畝傍御陵前駅から歩5分です。 


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 ここだけだと、やや満たされない感じでしたが、常設展が充実していました。次回に続きます。

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2025年5月 8日 (木)

久米寺の “二十五菩薩練供養” ➋

 練供養は、念仏の信者が没するとき、西方極楽より阿弥陀仏が二十五菩薩を従えて迎えにくる
ことを再現しているそうです。現世(合掌道場)と極楽浄土(金堂)との間に長い「来迎橋」が架けられ、
そこを檀家総代、衆僧、住職、稚児、そして観音菩薩など二十五菩薩の練供養が続きます。

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 本堂でのお勤めが済んだ御練りの列が「来迎橋」を戻ってゆきます。

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 御練りの列が通り過ぎたら、いよいよお待ちかねの “餅撒き” です。市長さ~ん、こっち~っ。
包装された小餅のほかに、お皿状のお餅も撒かれました。これ、吉野方面の初午のと同じですね。
お皿状のは受取れなかったので、近くの方のを撮らせてもらいました。(3人に割った後でしたが)

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 “餅撒き” の小餅を5個もゲット出来ました。“散華” も1枚もらえたので、満足すべきですね。

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 ローカルな祭事で、特段の規制もないので楽しく撮影することが出来ましたよ。初見にしては。

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