鉄道・廃線遺構

2020年6月28日 (日)

阪神「武庫川線」に “新車”

 6月3日から、阪神電車「武庫川線」に “新車” 投入と聞いて、さっそく行ってきました。
武庫川の上にある、本線の武庫川駅ホームから武庫川線のホームへは、少し歩きます。途中
の階段横の隙間から、“新車”「TORACO号」を撮ってる間に発車してしまいました。 

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 武庫川線は、阪神本線の武庫川駅から武庫川団地前まで、武庫川沿いに1.7kmの支線です。
途中の駅は、東鳴尾と洲先の2駅、2両編成のワンマンカーが行ったり来たりしています。
 20分間隔で発車する、折り返しの「TORACO号」が戻ってきました。

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 今回の“新車”投入は、2両×4編成ですが、いずれも1998年製の普通車用5000系車両を
改造したもので、内装を徹底してリニューアルするとともに、4編成のデザインが各々別の
ものになっています。

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 車内の改装にはリキが入っています。床が木のイメージで、アチコチに木が使われています。

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 内装を見る限り、全くの新車ですよ。 

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         まあ、自社グループ内の工場での製造/改造なんですね。

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 この「TORACO号」編成は、女性タイガースファンをイメージしたデザインだそうです。

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 発車して5分で終点、武庫川団地前駅に到着。5分休んで、折り返します。
この武庫川線、もともとは、戦時下の軍需工場の工員輸送が始まりだったとか。

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 改札を出て、洲先駅まで、一駅歩くことにしました。武庫川堤防を少し戻ればいいのです。

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 洲先駅は無人駅ですが、ICカード(PiTaPa)用の機器があるので、不便はありません。ホーム
で待っていると、武庫川駅からの「TORACO号」がやってきました。ちょっと登坂になってい
るように見えます。望遠効果かな。

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 これを見送って、折り返しを待ちます。昼間は20分間隔での運転です。

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 武庫川駅に戻ると、停車位置の先、本線の高架下に「タイガース号」が留め置かれている
のが見えました。昼間は、1編成でのシャトル運行ですが、ラッシュ時には、もう1編成が
投入されるのです。この日は、「タイガース号」が停められていました。

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 高架下の狭いところに停められているのですが、何とか撮影しようとウロウロしてみました。

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 今回投入された4編成には、このほかに、阪神甲子園球場をイメージした「甲子園号」と、
阪神タイガースのマスコットキャラクターをイメージした「トラッキー号」がありますが、
この日は、運用についていませんでした。

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 この“スイッチバック”を経由して、阪神本線につながっていますが、途中の踏切は、大抵
締め切られています。こうしてみると、留置車両は、微妙な位置に停めてある訳です。

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        P1050593

         本線の武庫川駅は、武庫川の橋上にホームがあります。
        我々の小学校時代、ここは、水泳場でしたな。

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2020年4月 9日 (木)

南海高野線 #秘境駅 と“泊まれる駅”④

《 “泊まれる駅”周辺、森林鉄道跡などをあるく 》(後半)

 こんどは、「高野下駅」から森林鉄道跡を逆方向(北東)に歩きます。右手の坂道は、
高野線から森林鉄道への連絡線の跡かも。知らんけど。(浪花のおっさんの常套句)
森林鉄道は、高野下から極楽橋への延長工事でも、資材搬送に活躍したそうなので。 

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 少し先で、振り返ってみた光景。正面に「高野下駅」の入口階段。

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          高野線のガードをくぐります。右に折れると、駅裏の
         地蔵寺や厳島神社へ行けます。(後ほど)

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          何とも云えないカーブですな。

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 不動谷川(丹生川支流)の対岸をゆく極楽橋行の電車。崖に登坂路を造るために、こんな
構造になっているんでしょうか。これもよう知らんけど。

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 電車は、此方よりかなり高いところを上って行き、この先では、姿が見えなくなりました。

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 人家が途切れると、軌道跡の町道は、急に地道になりましたが、この方が廃線跡っぽいです。

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          明治42(1967)年に高野~九度山間に開通した「高野山
         森林鉄道」は、津軽森林鉄道に次ぐ、総延長45kmに及ぶ
         大規模な森林鉄道であったそうな。
          高野山電気鉄道による、高野下~極楽橋間の敷設工事
         でも資材搬送に活躍したと云う。昭和34(1959)年に廃線。
         (写真=椎出ふるさとづくりの会「椎出の自慢」より抜粋)
 
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 森林鉄道を通すために、大きな岩を崩して、切り通しにしたんでしょう。苦労が偲ばれます。

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 この先で、国道に合流しているはずですが、時間の都合で、更に進むのは断念しました。

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           「高野下駅」の少し手前に戻って、こんどは、ガードの
         手前から坂道を上がります。

         P1040458  

 坂を上がったところに「地蔵寺」がありました。天井画が著名なようですが、パス。

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             代わりに「椎出周辺ガイドマップ」から拝借。

           _

 スグ隣には「椎出厳島神社」。急な斜面に坐します。階段の下でお詣りできるようです。

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 厳島神社から「高野下駅」を見降ろすと、極楽橋行の特急「こうや」が通過して行きました。

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 高野線は単線ですが、大体30分毎のダイヤなので、約15分おきに上下いずれかの電車が来ます。

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          大急ぎで出発地点の「高野下駅」に戻ってきました。

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                  クリックすると拡大します

       ◆次回は、高野線から外れ、弘法大師に高野山の地を与えた神さま
                      が祀られている「丹生都比売(つひめ)神社」へ回ります。

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2020年4月 6日 (月)

南海高野線 #秘境駅 と“泊まれる駅”③

《 “泊まれる駅”周辺、森林鉄道跡などをあるく 》(前半)

 “泊まれる駅”「高野下駅」の #駅舎ホテル。 真下の町道は、森林鉄道の軌道跡です。

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 駅の階段には、昔の資料写真が展示されていました。今と変わらぬ昭和初期の「高野下駅」。

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           (提供協力=唯見静子様/駅の展示を撮影)                
 
 明治末期には「高野索道」が椎出~高野山大門間に開設され、木材や生活物資の輸送に活躍
したそうです。簡易な搬器のロープウェイです。イタリア製で、昭和35(1960)年に高野山有料
道路が開通するまで、49年間も運行しましたが、残っているのは支柱の痕跡のみらしい。
              
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          (提供協力=高野山大学「高野山大観」/駅の展示を撮影)                

 大正14(1925)年の南海高野線難波~高野下駅(当初は高野山駅)開業に際し、高野下駅前の
椎出(しいで)~極楽橋間に開業した「高野参詣自動車」は、自前の専用道路を持っていました。
イタリア製の自動車3台で、月に3万人を運び、昭和16(1941)年まで運行したとのこと。

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           (提供協力=高野山大学「高野山大観」/駅の展示を撮影)                  

 “駅舎ホテル”に備え付けられていた「椎出周辺ガイドマップ」を持って、出発!

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          まずは「高野山参詣自動車」の専用道路跡です。駅前の
         不動谷川を渡り、国道370号を東へ進みます。

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         高野線のガードをくぐります。         

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 その50mほど先で、山へ入る町道が枝分かれしていました。地図で見るとこれが、そうらしい。

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 当時、幅員4.5mの道路だったとか、案外狭い道だったようです。「高野参詣自動車会社」は、
7kmほどの自社専用道路を持つ、日本初の乗合自動車会社だったそうで、高野下駅~極楽橋の
鉄道開通までの間は、大いに活躍したんでしょうな。神出~極楽橋の所要25分だったそうです。

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 町道は、この先、神谷(極楽橋付近)まで続いていますが、この辺までで、バックします。

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 高野下駅近くまで戻ると、丁度、極楽橋行の電車が出て行くところでした。

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 高野下駅前に戻り、再スタート。今度は「高野山森林鉄道」の軌道跡です。

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 “駅舎ホテル”の下をくぐる この町道が「高野山森林鉄道」の軌道敷跡です。

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 森林鉄道の軌道敷跡からは、トンネルに入ってゆく橋本行電車が間近です。

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 その下方です。「森林鉄道跡」は、あくまで不動谷川に沿っています。ここらでバックです。

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 高野下駅前への戻り道、橋本行電車が出て行くところでした。

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 次回は「高野下駅」から、高野山森林鉄道の軌道跡を逆方向(北東)へ歩きます。


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2020年4月 2日 (木)

南海高野線 #秘境駅 と“泊まれる駅”②

 《 “泊まれる駅”に泊まる 》

 南海高野下駅の「NIPPONIA HOTEL 高野山参詣鉄道 Operated by KIRINJI」。この日の
泊りは、“泊まれる駅”、南海高野線「高野下駅」をリノベーションした #駅舎 ホテル です。

 「下小沢駅」のひとつ橋本寄りが「高野下駅」です。正面の白っぽい建屋が今日の泊りです。
この駅の平均乗降数は93人/日(2018年)。秘境駅とは云えないものの、全100駅中95位とか。

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          大正14(1925)年の開通当初、高野下~極楽橋間の開通
         (1928年)までは、この駅が終着駅でした。(直通は1932年)

         P1040005

           “駅舎ホテル”は、改札の左右に「天空」と「高野」の2室。
         部屋貸しシステムなので、スタッフも常駐していません。 

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          この日は「高野」。最大4名の部屋です。扉を入って
         スグのところ。車掌室の扉は、ウォシュレットのトイレ。

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 部屋は1ルーム。7100系の扉や座席、網棚、つり革などがアチコチに散りばめてありました。

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 冷蔵庫と電子レンジ、湯沸しと多少の食器類が用意されていましたが、静寂に浸ってもらいた
いからとTVはなく、ちょっと戸惑いましたな。
 せやけど、線路の反対側、不動谷川(丹生川支流)のせせらぎの音や電車とレールが奏でるハー
モニー、折り返し電車のエア抜け音、コンプレッサの回転音。静けさゆえに引き込まれますな。
 勿体ないことに、耳栓も用意されていました。朝の6時には、地域のサイレンも鳴り響きます。

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 左の扉が出入口。右の扉は、バスルーム。リノベーション前の駅舎の扉も活用されていました。

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 旧駅舎内をリノベーションした室内ですが、洗面台と大型バス、水回りは、ゆったり快適です。 

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          事前予約した配達サービスで、チョイスした和食弁当が
         届いたら夕食です。ごま豆腐など、ちょっと持込みました。
         この駅の周りには、何のお店もないのです。

         P1040326
    
          部屋には、南海電気鉄道の歴史や昔のパンフレットなど、
         貴重な史料を綴った資料集が用意されていました。中々の
         見応えです。(駅の階段にも資料や写真の展示あり) 
         
         P1040319
                    クリックすると拡大します

            開通当初、終点だった「高野下駅」で折り返す電車もあ
         ります。部屋の窓外に見えるホームの夜景は静かそのもの。

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 朝、部屋の窓から見える橋本側の光景。線路下の町道は、かつての森林鉄道の線路跡です。

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         朝食は、電車で隣の駅まで行くことになります。

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 “朝食切符”を持って「九度山駅」に降りました。ここでも、乗って来た電車を見送ります。

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          橋本行のホームにある“おにぎりスタンド”「くど」です。
         ここで、朝食のおにぎりをいただきます。

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          ホーム脇に設けられたイートインスペースは、電車の扉
         の建物のなか。(入口は 右側に回り込んだところです)         
                
         P1040665

          イートインスペースの内部。奥には、2019年まで運輸
         指令で稼働していた列車遠隔制御装置(CTC)連動盤も実物
         が展示してありましたよ。

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          かまど炊きのおにぎり、美味しかったけど、もう一個
         追加をたのめばよかったな。

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 一旦、「高野下駅」へ戻ります。“天空”は、この先、極楽橋までノンストップなので、次の
電車を待ちます。“駅舎ホテル”には、高野下~九度山往復分の切符がセットされていました。   

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 「高野下駅」は、トンネルを出てスグです。もともと終着駅だっただけに、風格ある配線です。 

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 「高野下駅」に戻ってきました。次回は、この駅周辺をぶ~らぶらします。

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      ◆ この“駅舎ホテル”の詳細は→ https://the-exp.jp/region/koyashita/

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2020年3月30日 (月)

南海高野線 #秘境駅 と“泊まれる駅”

 コロナで外出を控えていましたが、辛抱堪らず、人混みのなさそうな高野山麓に出掛けました。
天空の #秘境駅 間を歩き、近代化産業遺産の“駅舎ホテル”に泊まると云うマニアックなコースです。

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         《天空の #秘境駅 とトレッスル橋梁を見に行く》

          高野山/極楽橋行の特急を橋本駅で降り、各停に乗り
         継いで25分。ヒュ~ンヒュ~ン、急カーブでの甲高いレール
         擦過音を何度も聞きながら、「上小沢駅」に到着。 

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         橋本から乗って来た「極楽橋行」を見送ります。

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          構内踏切を渡って、改札に向かいます。2017年の台風
         で発生した地すべり被害の復旧に際し、当駅での行き違い
         交換が廃止され、崖側の線路が撤去されていました。      

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         平均乗降客14人/日(2018年)の無人駅ですが、自動改札です。

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 「上古沢駅」の自動改札を出たとたん、この光景が目に飛び込んできます。ここからも古峠
を経て「丹生都比売(にうつひめ)神社」へ踏破(約2時間)できるそうですが、勘弁してんか。

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 「上古沢駅」は、標高230mの傾斜斜面に張り付くように設けられていて、2017年10月の台風
で構内道床が流出、地すべりも発生して、高野下~極楽橋間が2018年3月30日まで、不通になっ
ていました。ホームの崖側の線路が撤去されていたのは、その影響だったんですな。
 不等沈下か、駅舎が少し傾いているようで、崖側から補強されていました。

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 崖下への細道を降りかけると、橋本行の電車が下ってきました。高野下駅~極楽橋駅間は、
完全な“山岳鉄道”です。半径100mの急曲線、50‰(パーミル)の急勾配の区間が連続するなか、
時速33km以下で、436mもの高低差を登り降りしているのです。

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 橋本~極楽橋間の車両は、もちろん“ズームカー”譲り、車長も少し短い17m級で、山岳区間
も走れる専用車両です。

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         改札を出たところに掲げられている“防災マップ”には、
       「中古沢橋梁展望デッキ」への略図が書き込まれていました。
        上小沢駅から展望デッキ経由で下小沢駅まで、約2.5km。        

        P10407181
        クリックすると拡大します。         (撮影した掲示の略図に加筆)          

   上古沢駅から下り始めると、眼下に広がる上古沢の家々。道路が整備されているので、この
急坂を登って、電車に乗ろうとする人は、多くはないのでしょうな。     
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          この町道は、トロッコ道と呼ばれ、かつての森林鉄道の跡。
         高野山電気鉄道による高野下~極楽橋間の敷設工事の際にも
         この森林鉄道が資材運搬に活躍したそうです。
         
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         このトンネルも、森林鉄道の跡ですね。今は町道です。

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          この高架橋も、森林鉄道のそれだったんでしょう。この
         先の方から、電車が橋梁を越えていく音が響いてきました。    

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 おうっ、深い樹々のなか、2つのトンネルを挟んで架けられている「中古沢橋梁」です。

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 鉄骨で橋脚をやぐらのように組み上げてできた「トレッスル橋」で、橋脚と橋桁が一体に
なった珍しい構造だと云うことです。高さ33.4m、全長67.6mあり、昭和2(1927)年に竣工
し、翌年開通したと云う“老兵”です。すごいな ‼

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 線路がスケスケ。架け替え前の旧餘部鉄橋の側道を歩いたのを思い出して、見てるだけで怖い。

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 高すぎて、電車が通っても、屋根ぐらいしか見えません。(左手から進行中)

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            橋脚のたもとに、“展望デッキ”が設けられ、列車の通過
         時刻表も貼り出してありました。    

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                              クリックすると拡大します

         何のお店もないので、弁当代わりに「柿の葉すし」が正解。

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         さて、森林鉄道跡の町道を「下古沢駅」めざして歩きます。

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         手掘りトンネルを、町道にする際、補強したんでしようか。

         Dscf1444

 森林鉄道跡の町道から、細く急な分かれ道を上がったところに、駅があるようです。

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 駅前は、急な階段になっていました。この駅は、「上古沢駅」に代わって、行き違い交換駅に
なり(復活)、「上古沢から鉄橋見てきた」と云うと、「ありがとうございます」と返してくれる駅員
さんも配置されていました。

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 「下古沢駅」も、標高177mの崖地にありました。駅舎の前から見降ろすと、かなりの家並です。
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 自動改札出たら、即、“秘境”かな。平均乗降客は46人/日(2018年)。

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 橋本行の電車に、次の「高野下駅」まで乗ります。このとき、ここからの乗客は、他になし。

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 さて次回は、いよいよ “泊まれる駅”、「高野下駅」にある駅舎ホテルです。


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2020年3月27日 (金)

関西本線、関~加茂に乗車 ②


   JR関西本線“気動車区間”のつづきです。
 逆光なので、引き続き、最後尾にて後方に流れる光景を撮っています。島ヶ原駅を出る亀山行。 

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 単線ですが、ずいぶん長い列車交換の配線。かつては、寝台急行“大和”(東京~奈良~湊町)
も走り、貨物列車も多かった時期があったんでしょうね。知らんけど・・・。

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 島ヶ原トンネル。

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 月ケ瀬口駅。観梅で著名なところです。
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         発車後のホームに佇むカップル? ええ感じやね。
         
         P1030333        

 大河原駅を発車。ここの側線は、かつて、亜炭や川砂利を積み込んでいたとか云う跡かな。

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         河原のキャンプ場が見えてきたら、間もなく笠置駅です。

         P1030350

 ホームのスグ下の木津川にキャンプ場が広がっていました。

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 ここでも、亀山行を見送ります。       

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          笠置近辺の線路は、川沿いの難所です。ロックシェッド
         がアチコチに設けられています。

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          そうそう、ワンマンカーなので、バスと同様の料金箱です。
         因みに、“気動車区間”では、ICOCAやPiTaPaは使えません。

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 関駅から1時間15分、加茂駅に到着。向かいホームで待つ8両編成の“大和路快速”に乗継です。
 
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         今回は、加茂の次の駅、木津でまた乗換えします。
                    
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          そう、木津で折り返す、片町(学研都市)線のこの“快速”に
         四條畷まで乗ります。“快速”と云っても、松井山手まで各停。
          
         P1030373

         亀山~関間を乗り残しましたが、まぁ、拘らんときまっさ。          

          Photo_20200320105401

         四条畷からは、京阪大和田行のバスを使えば、20分で帰着。
            

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2020年3月23日 (月)

関西本線、関~加茂に乗車


 関からの帰りは、草津線回りでなく、加茂まで乗り通します。鈴鹿川や木津川水系を縫う
ように走っているため、大雨になると、スグに運転見合わせになる“気動車区間”です。

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                                 クリックすると拡大します
 亀山方から加茂行の気動車がやってきました。

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 跨線橋から撮っていましたが、これに乗るので、ホームへ急がねばなりません。

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         関は無人駅で、ICOCAも使えないので、駅で整理票を取ってホームに入ります。

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         なが~い ロングシート。

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         加太と書いて「かぶと」。和歌山には「かだ」があります。      

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 だいぶ登ってきました。進行方向は逆光で眩しいので、最後尾に陣取りました。この先に
ある加太トンネルは、SL時代の難所。トンネル内の急坂で機関士が失神し、列車が後退した
こともあった由。25‰(パーミル)と云うから、1,000m走って25m登るんですな。

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 加太駅周辺には、鉄道遺産が幾つか残っていて、ここは、スイッチバック方式の引上げ線で
列車交換していた中在家信号場跡。蒸機の頃から、いろいろ苦労して、関西本線が維持されて
来たんですなぁ。

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 加太トンネルです。昔、毎日日曜版の「日本の鉄道」には、“魔のトンネル”とありましたぞ。

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 下りは速い。このトンネル、ちょっと小さい感じです。ギリギリの大きさかも。この中で、
煤煙モクモクの“加太(かぶと)越え”とは、とんでもないことだったんですよ。 

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 柘植(つげ)駅に到着。ここからは、草津線が分岐しています。草津線は電車(奥の緑色)です。
柘植から草津方向では、ICOCAも使えるんです。手前は、亀山行の気動車。 

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 広大な駅構内。かつては、蒸機の基地として、京都・大阪・伊勢・名古屋への鉄道の要衝だ
ったんでしょうな。

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         写真の左手方向へ、草津線が分岐していきました。

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         伊賀上野駅へは、伊賀鉄道が乗り入れていました。

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                        次回に続きます。  
               
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2020年3月 9日 (月)

信楽高原鐡道に乗ってきた ②

 僅か6分で、貴生川へ折り返してゆく列車を見送ります。

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 さぁ~て、信楽です。次の列車までの1時間だけ、ぶらつきます。あちこち狸だらけです。
スカーレットって、焼き物の色、“緋色”のことなんですな。

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        駅前から北への道の突き当りには、新宮神社がありました。

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        窯元の作業場の間を抜けて、独特の雰囲気を楽しみました。

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         小一時間で信楽駅前に戻りました。         

        P1020887   

         駅前の巨大な狸は、公衆電話でした。その前には、運用
        実験中のCOMS(1人乗り)を展示中。貸出無料とのこと。
 
        P1030003

 間もなく入線する折り返し列車を撮ることにし、線路が切れる先で望遠を構えます。

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 折り返しの列車に乗ります。発車まで6分しかありません。焦りますなぁ。改札口へ急ぎます。

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         実は、信楽高原鐡道1周年(昭和63年)と3周年の記念切符
        を持っているのですよ。焼きもの製で珍しかったものです。

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2020年3月 2日 (月)

「信楽高原鐵道」に乗ってきた

 NHKの朝ドラで注目の信楽をめざした訳ではないのですが、信楽に行ってきました。
我が家からだと、一旦、JR京都駅に出て、JR琵琶湖線(東海道線)草津駅でJR草津線に乗換え
て貴生川駅に降ります。そこが「信楽高原鐵道」への乗換え駅です。信楽まで3時間弱でした。
 2両編成の後ろ側は、新潟トランシス(富士重工)のSKR311、忍びラッピング。

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        貴生川駅には、近江鉄道(水口・蒲生野線)も乗り入れていました。

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         JR貴生川駅は、ICOCA対応駅ですが、信楽高原鐵道では
        使用不可のため、ここで入退場を記録するんですな。ホーム
        の真ん中に改札口モドキがあるのは、ちょっと異様でした。

         P1020828

 2両編成の軽快気動車は、前後で塗色が異なります。本来、乗車は後ろからですが、出発前
に、前に回ってみました。“忍びトレイン”のラッピング。滋賀県の草津線利用促進プロジェクト
で平成29年からJR草津線や琵琶湖線を走っている“忍びトレイン”とほぼ共通のデザインです。
 今年で終了する計画でしたが、好評につき、令和3年6月までの延長運行が決まっています。
こちら側は、SKR312。JR草津線のモハ113と違って、車内に暖簾は掛かっていません。

P1020823  

 土曜日とあってか、2両編成の信楽行は、観光客を含め、そこそこの乗客数でした。

P1020830

 そろっと貴生川駅を発車した気動車は、直線に入ると急加速、33/1000の急坂を駆け上がります。

P1020832

 貴生川駅から次の紫香楽宮跡駅まで、9.6km、9分間エンジン全開で走り抜きます。

P1020835

 おっと、最高地点近くの小野谷信号所跡。この付近で42名もの死者を出した事故が起こった
のは平成3年5月。世界陶芸祭への来場者輸送のために作ったのがこの列車交換設備でした。
 信号システムの故障や安全を確保するための手続きの省略に、多分・・・だろうの不運が重
なったものと云われています。事故後、JRから第三セクターへの乗入れが大幅に減りました。

P1020836

         紫香楽宮(しがらきのみや)は、奈良時代中期、聖武天皇が
       造営した都で、短期間の離宮だったと云われ、遺跡は地下保
       存されています。信楽は紫香楽だったんですね。 

        P1030042

         途中で、フリー切符の販売に回って来られました。
        往復の普通乗車券と同額ですが、記念になりますな。

        P1030040

         雲井駅。今は片側ホームですが、線路は、交換可能だった
        形跡を残していました。

        P1020841  
  
        滋賀県下最長と云う吊り橋をくぐると、まもなく、終点です。

        P1020846

        P1020850

 到着すると、6分後には折り返します。途中駅での交換なしなので、1時間に1往復です。

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        P1020857

         次回には、信楽の街歩きを少し・・・。
 
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2020年1月27日 (月)

「播州鉄道」の残影 ④


         旧国鉄三木線から三セク転換された旧三木鉄道の三木駅
        (三木鉄道記念公園)は、神戸電鉄の三木駅からは少し離れ
        ていて、バスも少ないので、15分ほど歩きます。

        P1000598
                          (電鉄三木駅前の案内板より抜粋/加筆)

        福有橋で加古川支流の美嚢川を渡ります。もう15:30。

        P1000601  

 何とか迷わずに到着。でもこの日、“三木鉄道ふれあい記念館”は、想定通りお休みでした。
傍らには、駅のベンチを模した休憩施設が設けられていました。

P1000608 P1000604

 ここ、三木鉄道記念公園には、三木鉄道ふれあい館のほか、線路跡地が遊歩道“別所ゆめ街道”
として整備されています。MIKI夢ステーションも、年末年始はお休みなので、歩くしかない。
さあ、厄神駅めざして出発。(とは云え、厄神までは6.6km、時間的に無理やろなと思いつつ)

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                                   (三木鉄道記念公園HPより抜粋/翻案)

 三木鉄道記念公園に残されていた 在りし日の光景写真と車両止め。

P1000612 P1000611        

 土日なら楽しめると云う“サイクルトロッコ”もありました。旧三木鉄道の車両は、ミキ104が
北条鉄道へ、ミキ105が樽見鉄道(岐阜)へ譲渡されたほか、保存予定だったミキ103も茨城県の
ひたちなか海浜鉄道に譲渡されたため、三木市には写真しかありません。(いずれも富士重工製)

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 旧線路わきに残されている「出発信号機」。

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 その先に残されていた「入換信号機」。

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 さらに、その先には、入換分岐器(ポイント)の跡も。

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 旧三木駅から旧下石野駅まで、線路跡(三木市内部分の4.8km)が遊歩道になっていました。

P1000615

 この線路跡をサイクルトロッコで走行する訳です。200mだけの区間ですが、無料。  
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        P1000630

        P1000631

        P1000633

        P1000636

 別所駅跡には、線路とホームが残されていて、駅舎は休憩/トイレ施設になっていました。

P1000640  

 三木鉄道92年の歴史を刻んだ大きな石標がありました。写真を刻むことができるんですな。
 特産の金物や刃物の輸送手段として貢献したが・・・と記されています。

P1000638 P1000641  
               
P1000645

         線路跡遊歩道は、自転車も通行制限され、地元のみなさん
        のジョギングコースになっているようです。石のベンチは、
        三木鉄道の列車を模したものらしい。 

        P1000646

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         西這田(にしほうだ)駅跡。もう少し先のバス停までやな。

        P1000668

         タイムアップ。厄神行の神姫バスに拾ってもらいます。
        厄神駅前17:35着。乗客は、途中で降りた1名と私だけ。

        P1000676_20200121175501            

 厄神(やくじん)駅に残る旧三木鉄道のホーム(右側)。一部のレールが撤去されていました。       

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         厄神始発18:03の加古川行。この区間は 30分毎の運転。
        今回のウォークでは、加古川線の粟生~厄神間を乗り残し。

        P1000716

         JR加古川駅の加古川線ホーム。エスカレータで降りた先
        に、“乗換え改札”が設置されていました。なるほどなぁ。

        P1000723

         JRの新快速は速いな。大阪駅着19:13。神戸電鉄では、
        小野や三木から京阪神への速達性は無理やなぁ。神姫の
        高速バスも調子いいらしいしね。今日は、よう歩いた。

        Photo_20200121182901
               
         「播州鉄道の残影」巡りは、これでお終いです。                      
        播州鉄道支線だった旧国鉄加古川線支線の高砂線/三木線/
        北条線/鍛冶屋線のうち、いまも残っているのは北条鉄道
        だけです。神鉄粟生線ともども、頑張ってほしいな。


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