鉄道・廃線遺構

2025年8月 8日 (金)

年に2日だけ営業する駅

 JR四国、予讃線には、年に2日(8/4~5)だけ開設される臨時駅があると聞いて、仕事の訪問日
を無理やり調整してもらって行ってきました。梅田からの高速バスで丸亀まで行き、経費削減です。

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 「津島ノ宮」駅は臨時駅なので、切符は一つ先の「詫間」までの料金が適用されます。ホームは、
普段、特急が猛スピードで駆け抜けるカーブの途中にあるため、低いホームとの段差と隙間が大
きく、乗降を補助する係員が待機していました。(高架になる前の京阪門真駅を思い出しました)

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 ホームの駅名標の裏面には、記念駅名標が設置され、撮影スポットになっていました。

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A_20250808002301  「津島ノ宮駅」は、直近にある
 津嶋神社の夏季例大祭にあわ
 せて、年に2日間だけ営業する
 臨時駅ですが、大正4(1915)年
 からの歴史があるそうです。 
  仮設の改札口を出て50mほど
 歩けば、津嶋神社の境内と云う
 至近距離にある駅です。

  2日間で6~7,000人が利用す
 るそうで、2本の臨時列車を含め、
 延べ55本の電車が停まります。

 どこまでが駅構内か、あまり判然としないのですが、仮設の休憩所だけでなく、記念入場券や
鉄道部品の売店も設けられていました。

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 手作り感が何とも云えないエエ感じではありませんか。

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 改札外に設けられた臨時の切符売場では、補充券発行機が活躍していました。

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 記念入場券セット(280円)です。切符売場で尋ねたら、改札内で販売してるとのことだったので、
訳を云って改札を通してもらって買ってきました。

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 一応の駅構内を離れて、踏切に行ってみました。丁度、多度津方面への電車が出発して行きます。
カーブでの傾きがよく見えますね。

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 もちろん津嶋神社にもお詣りしたんですが、今回は、駅関係だけにします。次回に続きます。

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2025年1月30日 (木)

万博前の「夢洲駅」へ行ってみた

 森ノ宮駅から、万博会場前となる大阪メトロ中央線の「夢洲(ゆめしま)駅」へ行ってきました。
万博自体は、4月13日から始まるのですが、一足先に「夢洲駅」への延伸開業を果たしたものです。
それまでの終点、コスモスクエア駅から長い海底トンネルを経た先に、新しい駅が見えてきます。

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 島式ホームの反対側には、学研奈良登美ヶ丘行きが出発を待っていました。なんか、ホームドア
や壁面など、色んな所に黒色が多用されていて、その黒さに緊張させられます。

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 エスカレータで上がった先のコンコースは、とんでもなく広い!

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 広いトイレスペースには、利用状況の案内表示板までありましたが、やはり黒を多用してます。

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 そして、改札口までつづく壁面には、長~い「夢洲LEDビジョン」が設置されていて、夢洲開発
の歴史や駅の案内などを上映していました。

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 実際の改札口。LEDゆえに表示が欠け、それが明るいため、他の壁面などが黒い(暗い)印象です。

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 改札前の広場。波打つような天井が印象的です。切符の自販機の稼働は、まだ2台だけでした。

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 その傍らにある小さなコンビニ。今の時点では、万博作業者らの強い味方らしい。

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 エスカレータで上がった先が駅の出入口。でもその先は、工事関係者以外立入禁止でした。

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 万博工事現場の「リング(大屋根)」の一部が遠望できましたが、駅出口周辺しか行けません。

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 このコンテナハウスみたいなのが工事現場へのチェックゲートらしいです。

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 ズラリ並んだ改札機で引っ掛かってる人が居ました。ICカードと違うのをタッチしたらアカン。

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 さて、引き上げます。当分はガラ空きなんでしょうね。

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 案内表示を見ていると、コスモスクエアの中国語表示は「宇宙広場」やな。何となくわかった。

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 まあ、こんなところでした。風が強く寒かったです。4月の開会までに工事が終わるんかいな。

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2024年11月18日 (月)

「アンパンマン特急」

 年に数回訪れる、四国は川之江駅を16時頃に発車する岡山行の特急に乗ろうとしたら、これ。

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 いつもは2号車か3号車でしたが、この日は1号車。最後尾です。1号車は、半分がグリーンに
なってて狭っ苦しいので、避けてたのにね。車内に入った途端、ありゃりゃ。なんと!

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 座席まで “アンパンマン仕様” になっとりますぞ。ちょっと目がおかしくなりそうですよ。

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 テーブルにまで、“アンパンマン仕様” が徹底されとりまっせ。ちょっと剥げてたけど。

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 JR四国のPRページによると、予讃線の “アンパンマン仕様” の車両は8両もあって、1号車の
普通車指定席16席だけがアンパンマンシートになっているそうです。(グリーン席は装飾ナシ)

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 1号車以外では、天井だけに “アンパンマン装飾” があるのは承知していましたが、ここまで
コッテリと装飾されていると目がくらみそう。場違い感と気恥ずかしさが堪りませんでした。

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    1時間ほどの間、じっと耐えていたのですが、
   この車両の窓は、汚れが少なく、瀬戸大橋からの
   夕景がきれいに撮れました。橋の構造物に邪魔さ
   れることもなく。 (2024/10/23 撮影)

  
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2024年9月30日 (月)

“汐見橋線” で暇つぶし ➋

 南海電車の汐見橋駅では、6分後に折り返しが出発します。その次の電車にすると、集合時間
ギリギリなので、改札出てスグUターンすることにしました。

 以前、汐見橋駅改札の上部に、古~い「南海沿線観光案内図」が掲げられていました。かなり
傷んで哀れな状態でしたが、それを剥がして小切りにし、頒布したそうです。現在、もとの意匠
を継承した新しい「南海沿線観光案内図」が掲出されていました。(クリックで拡大します)

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 以前の案内図の左上には、淡路島に「淡路交通鉄道線(洲本--福良)」が描き込まれていて、南海
が連絡輸送していたらしいことが読み取れます。(2013年3月撮影)クリックで拡大します。

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 17:10、折り返しの電車が発車。JR大阪環状線の高架をくぐると、すぐに芦原町駅です。

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 阪神高速道路堺線と芦原橋出口への降下路の手前に木津川駅。

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 つづいて、津守駅。近辺には工場や倉庫が多いので、かなりの退勤客。

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 そして、西天下茶屋駅。

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 南海本線の高架化に合わせて汐見橋線のホームも高架化され、その代わりに、本来の高野線と
は “分断” されてしまったのですが、その岸里玉出駅6番線に向かって高架への坂を上がります。

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 急なカーブで駆け上がると、終点、岸里玉出駅はスグそこです。そして、その手前には、南海
本線への渡線があり、よく光っているので、毎日の入出庫に使われているんでしょうな。

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 到着寸前、関空からの難波行 “空港急行” が通り抜けて行くところでした。

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Img_20240913_201912   さて、ええ時間になりました。高野線堺東方面の電車に
  乗換えて、集合場所へ向かいます。 (2024/9/13 訪問)


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  なお、左の写真は、向い席に座った方のもんです。
  南太郎は下戸なので、“生中”一杯だけで付き合います。

2024年9月26日 (木)

“汐見橋線” で暇つぶし

 先日、夕方の18:30から職場の送別会の予定があったので、その前に所用を片付けようと大阪
市内に出掛けました。簡単に片付いたのは良かったんですが、1.5時間ほどの時間潰しが必要に
なってしまいました。場所は長堀橋、送別会は堺市内です。さて、どうしたものか。

 そのとき思いついたのが、“汐見橋線” の乗り鉄。天下茶屋駅に出て、岸里玉出駅まで1駅乗れ
ば、そこは “汐見橋線” への乗換駅です。南海の高野線から汐見橋線への長~い連絡通路を歩
いて、隅っこの6番線ホームに上がります。しばらくすると、汐見橋からのワンマン電車が到着。
17時近くとあってか、少なくない人数が降りて来られました。

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 16:55発の汐見橋行が発車する少し前、右奥では、難波への “泉北ライナー” が通過していき
ました。通称「汐見橋線」は、単線で左に折れて、高架を下って行きます。

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 汐見橋駅を出て高架を降り始めると、スグに単線から複線になっています。現在の汐見橋線は、
2両編成の電車が30分毎にシャトル運行しているだけなので、単線で充分な状態ですが、信号系
統を改造すると費用が嵩むとかで、なにわ筋線構想から外れた今も、複線のままになっています。

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 ガーター橋の下は、国道26号線。多分。

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 最初の駅は「西天下茶屋」。この駅で、半数以上の乗客が降りてしまいました。

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 次は「津守」。

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 次の島式ホームは「木津川駅」。かつては、高野山方面からの木材を船に積換える拠点でした。

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 次いで「芦原町駅」。JR大阪環状線の「芦原橋駅」へ徒歩連絡が可能らしい。

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 右手に阪神高速道路の橋脚が見えてきたら、間もなく終点、岸里玉出駅から4.6kmです。

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 汐見橋駅は、明治33(1900)年、高野鉄道の起点「道頓堀駅」として開業、翌年、「汐見橋駅」に
改称、明治40(1907)年には高野登山鉄道、大正11(1922)年には南海鉄道の駅となった歴史があ
ります。なので、昭和4(1929)年に高野線の列車がすべて難波発着になるまでは、汐見橋駅は、
高野線の始発駅でありました。(支線化された今でも、“正式” には汐見橋~極楽橋が高野線)

 改札のスグ前が “千日前通り” です。その隣の阪神なんば線 “桜川駅” とくっついています。
 
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 2番線は、30分間隔になってからは、使われてない感じです。阪神なんば線が開通してから、
汐見橋駅の乗降客は、乗換客で24%も増加しているそうですが、なにわ筋線との接続構想から
外れてしまったので、この先も、“都会の秘境線” が維持されるものか、安泰ではなさそうです。

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 岸里玉出~汐見橋間の所要時間は9分。6分後には折り返しです。一旦、改札を出てみます。

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Photo_20240926154201   通称、汐見橋線には、何度か乗ってい
  ますが、途中駅には降りたことがありま
  せん。大阪市内にありながら、とんでも
  ない閑散駅だそうですので、尻込みして
  いました。続きます。(2024/9/13 訪問)

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2024年7月11日 (木)

「岡山臨港鉄道」ふたたび ②

 前稿のタイトルに “ふたたび” と記したのは、「岡山臨港鉄道」の廃線めぐりは、今回で2回目
だからです。尤も、前回は、かつての終点に近い、岡山港近くの「築港元町」に、岡南元町駅跡と
思しきあたりの「株式会社 岡山臨港」本社前に静態保存されている、ディーゼル機関車DB102を
訪ねるためでした。それも、宇野側から歩いて「児島湾締切堤防」を縦断した後のことでした。  

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 平成14(2002)年に架けられた「新保歩道橋」は、翌年に開通した都市計画道路を越えるための
歩道橋です。緩やかな勾配と位置関係から、これも廃線遺構が活用された施設かなと思いましたが
新し過ぎです。廃線跡を活用した遊歩道とクロスする新しい道路をつくる際、遊歩道を高架橋に上
げて、平面交差にしなかったのは、交通安全を最大限に優先した結果なんでしょうね。すごい!

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 高架橋を降りてきたところは、円形のロータリーのような造作になっていました。

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 この辺も、児島湾の干拓によって造成された歴史があり、細かな水路が巡らされていました。
きちんと柵が設けられていない箇所も多く、岡山市は、水路への転落事故が多いのだそうです。

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 休憩用のベンチの先の方に、なにやらホーム跡らしきものが見えてきました。

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 旧新保駅跡です。“臨港グリーンアベニュー” の休憩スペースになっていました。

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 モニュメントとして、からくり時計と踏切警報器が設えられていましたが、ホーム長に合わせた
レールが残されていると云うのが、なんとも印象的でした。

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 旧新保駅跡のスグ南で交差する市道には、多分、当時のまま(?)の踏切警報器が残っていました。

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 そして、その踏切のスグ近くの川でもないところに、小型の木造船が打ち捨てられていました。
ここが児島湾干拓事業の進展によって、陸地化していった地であることを思わせますね。
 
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 さてこの辺で、大元駅へ戻ることにします。ついでの廃線めぐりは、時間に余裕がないのです。

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 現在の大元駅前。平成8(1996)年から始まった大元駅付近の立体化による再開発で、“りんこう”
の遺構は、その姿を消したそうです。次の岡山駅までの所要時間は3分、「さくら」に乗れるかな。

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2024年7月 8日 (月)

「岡山臨港鉄道」ふたたび

 “りんこう” とも呼ばれたと云う「岡山臨港鉄道」は、戦時中、岡南地区の工場需要を受けて、
国鉄宇野線(岡山~宇野)に通じる特殊専用側線としての敷設が始まりでした。終戦で一時中止
したものの、戦後に工事を再開、昭和22(1947)年2月に、汽車製造岡山製作所の専用線として
完成したのですが、3年後の同製作所の閉鎖に伴って、沿線企業や県・市による第3セクター方
式の地方鉄道として、昭和26(1951)年に設立されたのが「岡山臨港鉄道」でした。

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 岡山臨港鉄道は、当時の国鉄宇野線大元駅が起点でしたが、現在の高架化されたJR大元駅は、
宇野線の単線区間に、長い “複線” 区間を持つ交換可能駅になっています。

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 仕事ついでで、四国方面からの帰途、児島で特急を降り、各停で大元駅に降り立ちました。大元
は、岡山駅の一つ手前ですが、かつては、この大元駅から岡山港方面への「岡山臨港鉄道」が枝
分かれしていたんですね。当時も,“りんこう” も岡山への直通乗り入れを要請していたそうです
が、実現には至らずじまいでした。単線だった宇野線には、余裕もなかったんでしょうね。

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 高架化されて “りんこう” の面影は全くなくなっていますが、高架の東側に続く遊歩道が、その
足跡でしょう。この日、きつい西日を遮ってくれる高架に沿って、下の遊歩道を南東方向に歩き
ました。何も残ってないのですが、ひょっとして、何かあるかも知れません。

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 この遊歩道は、廃線跡を整備したもので、「臨港グリーンアベニュー」と云うそうです。説明
のモニュメントが設けられていました。(クリックで拡大します)

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 1kmも進んだところで、JR線の高架が西に離れてゆきます。そして高架も降りてきています。

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 廃線跡の遊歩道に架かる小さな橋には、橋名板がなく、欄干に意味ありげな意匠が施されていま
した。その場では、何のデザインか、見えなかったんですが、これ、SLですね。でも、“りんこう”
では、ほんの初期にSLを走らせていたそうですが、ガソリンカーか気動車に置き換わったようです。

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 さらに進むと、ベランダのようなスペースがありました。これ、駅の跡かなと思いましたが、
関係なさそうです。噂によると、もう少し、“ゆめ” のある景色が残っているはずです。

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 おんや、遊歩道が高架を上っていきます。下道をまっすぐ進むと、通り抜けられないそうです。

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 この高架道路は、都市計画道路を越えるもので、この登り傾斜は、鉄道橋のそれに思えますが?

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2024年2月12日 (月)

岡山臨港鉄道のあしあと

1_20240211215101    戦前からの工事を引き継いで、汽車製造
   岡山製作所の専用線として開業したものの、
   同製作所の閉鎖に伴って、第三セクター化
   され、昭和26(1951)年に旧国鉄宇野線の
   大元駅から岡山港駅間(8.1km)で開業した
   のが岡山臨港鉄道です。

     “リンコー”と愛称されたそうですが、昭
   和48(1973)年には、岡南元町駅までの6.6
   kmに縮小、昭和59(1984)年末に廃止され
   た非電化単線のローカル鉄道でした。

    児島湾締切堤防の北端近くから乗ったバス
   を「築港新町」で降り、見当をつけて、築港
   元町をめざしました。事前の情報で、バス停
   「築港元町」の直近に “リンコー” の記念物
   があるとのこと。 


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 岡南元町駅跡と思しき「株式会社 岡山臨港」の本社前に、青く塗装されたディーゼル機関車
DB102が鎮座していました。やれうれしや~。

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 こちら側が後ろですが、電車の先頭車のような感じです。この機関車は、トルクコンバータを
組み込んだ液体式エンジン搭載の20t機関車です。昭和27年(1952)年に汽車会社で製造されたも
ので、国内メーカー製の営業用ディーゼル機関車としては最初の頃の車両です。  

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 臨港地区にあった “リンコー” の跡地は、株式会社岡山臨港(旧 岡山臨港鐵道株式会社)の倉庫
用地として活用され、総合物流企業として再出発した岡山臨港グループの中核施設となったよう
です。ディーゼル機関車の背後の建物には、再出発当時の社名が残されていました。
 この「発券倉庫」と云うのは、倉庫法の定めにより国土交通大臣の認可を受けて、倉庫証券を
発券することができる倉庫業者のことだそうです。現在では、発券しない業者が大半らしい。

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 キョロキョロしていたら、職員の方の姿が見えたので、関連の遺構資料を見せてもらえないかと
声を掛けてみました。そのために大阪から来たと云うと、へぇ~と云いながら、少し前までなら、
資料館としてまとまったものがあったが、と事務所入口に案内され、今はこれだけとのことでした。 

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 下の写真の右は、OとRを組合わせた“岡山リンコー”のマークです。児島湾締切堤防が企画され
た当初、岡山から宇野への短絡線として、この“リンコー”を締切堤防経由で延長させる案もあった
そうですが、瀬戸大橋の架橋を待つまでもなく、霧散してしまったようです。

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 どうやら、南太郎は、裏口と云うか、横のトラックの通用口から構内に入っていたようです。
丁重にお礼を云って退去しましたが、帰りしなによく見ると、こちら側が玄関でした。

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Img_20231213_195245     本来は、岡山臨港鉄道の廃線跡を少しは
    歩く計画だったのですが、ちょっと欲張り
    過ぎでした。

     事前情報のとおり、目の前の「築港元町」
    バス停から岡山駅行のバスに乗り込みました。
    またの機会があれば、その時にしましょう。 

     岡山からの新幹線車中では、例によって
    “桃太郎の祭ずし” にありつきました。

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2024年2月 5日 (月)

「宇高連絡船」の追憶

 かつて本州から四国への主要ルートは、宇野(岡山県)~高松(香川県)の「宇高連絡船」でした。
宇高を、旧国鉄の連絡船は「うこう」と読み、宇高国道フェリーの方は、海上保安庁にならって
「うたか」と読んでいたそうです。瀬戸大橋が出来るまえ、連絡船だけでなく、国道フェリーも
日に68往復していたと云います。そんな “宇野港” に宇高連絡船の痕跡遺構を訪ねてきました。

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 1910年から1988年まで、宇野港には「宇高鉄道連絡船」が運航されていて、その当時、係留
場所として使用されていた施設の遺構がいまも宇野港の一画に残されていました。

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 これらの遺構は、経済産業省の「近代化産業遺産」に指定されており、当時の姿を今に伝える
唯一の“痕跡”とのこと。かつての乗換客は、席取りのために桟橋をダッシュしてたそうです。

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                             (桟橋遺構の説明板)
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 現在も宇野港からは、直島や豊島(てしま)、小豆島など瀬戸内の島々へのフェリーが行き来し、
それらを経由して、高松に至る便もあるようです。

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 釣りをされているここは、大型客船バース。しばしば、外国のクルーズ船が寄港するそうです。

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 この日の午前中、レンタサイクルで のんびり探訪しました。寒いかなと予想していたのですが、
12月とは思えない、日差しの温かい一日でした。午後は、いよいよ児島湾締切堤防に向かいます。

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2023年12月 4日 (月)

阪急淡路駅高架化工事

 ちょっと淡路駅近くまで “置き配” に行く用事がありまして、JR野江駅から、おおさか東線の
電車に乗りました。帰りしなにふと見上げると、工事中の阪急電車の高架化立体交差の威容
がすぐ近くにありました。コンデジしか持ってなかったのですが、思わずパチリ!

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 現在、淡路駅付近で平面交差している阪急京都線と千里線を高架化立体交差させる工事中です。

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 阪神淡路大震災で高架橋が落下したことが頭をよぎりますが、JRおおさか東線と新幹線の上
を越えるために、ずいぶん大層な工事になっています。この調子では、完成は、いつになるん
でしょうかねぇ。おおさか東線を越える部分でも、軌条桁を一晩で送り出す工法が採られました。

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 淡路駅から京都方向の状況です。もっと場所を選んだらよかったのですが、ついでなもんで。 

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 ここで、淡路駅方向を振り返ると、とんでもない高層ビルのようです。ここが淡路駅になり
ます。近鉄奈良線と大阪線が分岐する「布施」駅のような感じですが、布施と違って、待避線
がない構造です。

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 JRおおさか東線の「JR淡路」駅。80年以上掛かって城東貨物線が旅客化されて出来た駅です。
現在、JR淡路駅と阪急淡駅との乗換えには、8分ほど掛かると案内されていますが、高架化後の
阪急淡路駅は、少しJR淡路駅に近づくそうで、乗換の利便性が高まるようです。

Dscf4240

 図表は、阪急電鉄と大阪市のHPより抜粋しました。今回は、あまり力を入れて取材していま
せんが、一応の状況記録にしたいです。何せ、この工事は、遅れに遅れていて、まだ8年は掛か
ると云われています。まあ、時々見に行ってみようと思っています。

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