旅行・地域

2020年8月20日 (木)

トヨノの ひまわり畑

  FB友達に教えてもらった 大阪北部の ひまわり畑へ出掛けてみました。山あいの段々畑の
麓に、地元の青年たち(トヨノ部)が育てているひまわり畑です。

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 暑いので、日没1時間前に到着する予定の千里中央駅からのバスが工事運休していて、急遽、
阪急池田駅から余野方面行のバスに乗ることになったため、少し遅くなってしまいました。

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 このひまわりは、地元豊能町の町おこしで、「トヨノ部」のみなさんが育ててこられたもので、
あまり大規模ではないのですが、畑への立ち入りも自由なので、素朴に楽しめます。

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 訪問した時は、花に実が入ってきて、前のめりのひまわりが増えてきていましたが、元気な
ひまわりもあって、そういうのを探しながら、畦道を歩き回りました。

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 次のシーズンには、もう少し早めに、それも午前中に来るべきですね。

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       車で来る人のために、駐車場も確保されていました。

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        阪急池田駅からのバスは、1時間に1本あるかないかなので、
       帰りのバスまで、30分ほどでした。ひまわり畑は、平野バス停
       から歩50mほどの道路脇でした。

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                        クリックすると拡大します

 #トヨノ部 #R423 #フラワーロードプロジェクト          

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2020年7月16日 (木)

紀州、「あらぎ島」へ ②

 「あらぎ島」と云うのは通称で、江戸時代に開拓された「嶋新田」が正しいそうです。
現在、地元の方々以外、撮影者などは、あらぎ島への立ち入りは出来ません。

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 ここには、休耕田はなく、今年も 54枚全部に田植えされたとのことですが、季節ごとの
眺めの変化が大きく、展望所の説明板にも写真が掲げられていました。

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 また、紀子妃の祖先が近隣在住とかで、悠仁親王の誕生日に ろうそくでライトアップされた
り、LEDランプによる “あらぎ島イルミテラス” も開催(2019/1/6最終)されていました。

   Dscf8721
                                 (2019/1/5 撮影=既掲載)

         展望所付近の路欠工事は、来年8月まで掛かるようです。

        P1060085  

        P1060129  

 あらぎ島の首根っこを国道480号が通り、三田トンネルが貫通しています。

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          到着から1時間半、ボチボチお腹が空いてきました。
         道の駅/あらぎの里へ戻って、お昼にしますか。

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        P1060031  

         道の駅/あらぎの里は、国道480号と県道(高野街道)
        との分岐点にあります。         

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         こんにゃくうどん定食にしようかと迷いましたが、結局、
        特選あらぎ定食。この日は、地鶏の唐揚げがメインでした。
        700円。韃靼そばもあったけど、有田川の鮎はなかったな。

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         有田川町は、山椒の生産高が日本一とか。

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         復路のバス、約束の位置に停まってもらいました。

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 発車して間もなく、有田川に架かる吊り橋「蔵王橋」。床が簀の子状なので、川面が見えて、
スリリング(前回訪問時に経験)。徐行してくれたお陰で、車窓から旨い具合に撮れました。

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         藤並駅までは、約1時間。ほぼ “貸切”でした。片道1,460円。

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2020年7月13日 (月)

紀州、「あらぎ島」へ

          あらぎ(蘭)島は、和歌山県有田川町にある自然の造形
        です。車で行くのが常道ですが、今回は、JRとバスで。

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                  JR紀勢本線の藤並駅 9:36発の有鉄バス(花園行)に乗車。
        2002(平成14)年末までは、金屋口駅への有田鉄道が走って
        いましたが、バスに置き換えられました。
         
        Img_20200628_093248  

         あらぎ島展望所近くの路欠工事のため、バスは迂回運転
        中で、手前の「道の駅/あらぎの里」で降ろしてもらいます。 
         なに、大したことはないでしょう。15分歩けば済むはず。 

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        2_20200709213401  

 この国道を離れた道路は、高野山に通じる旧街道でもあるようです。雨も上がってしまった
ようで、持ってきた傘が邪魔ですが、杖の代わりにしますか。

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 三田(みた)の集会所の先に「和歌山県朝日夕陽百選」のモニュメントがありました。ここは、
もう、一つ目の「あらぎ島」展望台です。「有田川沿いに拓けたあらぎ島後方の山並みをシル
エットに陽光が天を紅く染め、漂う朝霧が山里の朝を演出する」との説明板がありました。
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 手前に雑草が繁茂していて、覗き込むようにしても、あらぎ島の全体は見えません。

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         道路が通行止め。かろうじて歩道が確保されていました。
                       この先で路欠補修工事が行われているらしい。

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 工事区間を抜けると「あらぎ島」の全貌が見えました。

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 有田川の “穿入蛇行” が造った舌状地形に、田植えが済んだ54枚の棚田が広がっていました。
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 道路脇の展望所から段を降りて、下の展望所に行ってみましたが、雑草にさえぎられて、
川の流れを見ることは出来ませんでした。ちょっと ポジションがよくないですな。

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 次回につづきます・・・。 

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2020年7月 6日 (月)

松下幸之助翁 生誕地へ

  松下幸之助翁ゆかりの地は、ひと通り訪ねました。大阪市生野区の起業の地、大阪市福島区
の本格創業の地、もちろん門真市も。せやけど、和歌山市郊外にある「松下幸之助生誕地」には
行けてませんでした。JR和歌山駅から30分に1本の和歌山線の電車で二駅、千旦(せんだ)です。

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        P1060185  

 千旦駅から歩5分ほどのところに「和佐遊園」の案内板があり、その一画に、ありました。
 この「松下幸之助君生誕の地」の碑銘は、あの湯川秀樹博士が書したもの。後ろに見える
太い枯木が、家名の由来となった松の木だそうです。

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 朽ちた松を鉄骨が支えていました。あまり佳い景色とは思えません。新しいのを植えへんの。

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         門真市のパナソニックミュージアムのエントランスには、かつて
        松下家の前にあったと云う松の木が再現展示されています。   

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 石碑と松の木の間に、地元のお社があり、翁が150万円寄進したとの石柱が建っていました。

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 すぐ後ろは、松下家の広い墓所になっていました。左手の塀沿いを奥に進むと、入口です。

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         道路の向かいは、和歌山市設の「松下公園」です。
        桜の名所にもなっているそうです。
        
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        P1060186

 千旦(せんだ)の邑なかを 少しブラブラしながら、千旦駅へ戻ります。

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 大きな家と 流れのある水路が続いていて、かつては、舟運も盛んな水郷だったんでは。

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 細いけど、単車が曲がって行った路地の先に、JR和歌山線の踏切が見えました。

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         一旦停車ではなくて、“千旦停車” やて。あはは。

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2020年3月20日 (金)

東海道「関宿」をぶらり

 東海道53次のうち、47番目の宿場町であった「関宿」は、古代三関の1つ「鈴鹿関」がおか
れたところで、参勤交代や伊勢参りで賑わったそうです。国の重要伝統的建造物群保存地区に
選定(昭和59年)されています。

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                  (亀山市発行、関宿イラスト案内図より抜粋)    

 関宿は、東の追分から西の追分の間、1.8kmに及び、江戸時代から明治時代の建造物200軒
が軒を連ねていました。ほとんどが現在も“生活の場”であり、保存と修復に取組まれています。

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 更に西方向に進んで振り返ると、お屋敷が連なっている感じです。

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          関宿通りから折れて、小高い山に向かうと、観音山公園
         にそびえる関ロッジが見えてきます。もとの国民宿舎。

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 関ロッジ横で、20系客車ブルートレイン(ナハネ20)が残念な姿を晒していました。かつては、
国民宿舎の客室として活用されていましたが、現在、それはなく、間もなく撤去の予定とか。

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 同じ観音山公園の機関車広場には、C50-154が静態保存されていました。
 
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 昭和8年から39年間実働した三菱造船製のSLで、154両造られたラストナンバー機。主に
関東各地で活躍したあと、1973年、亀山駅での入換用を最後に廃車、ここに移設されました。

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         「鈴鹿関跡」との“ぶらりマップ”に誘われて、山裾を更に西
         に進むと「鈴鹿関西城壁築地痕跡」の標識だけがありました。

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          愛想無しなので、観音山公園の石仏巡りコースに入って
         見ました。鈴鹿関への道も、こんなんやったんかなぁ。
  
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 関宿の通りに戻り、東側に行ってみました。次の関西本線加茂行まで、1時間ちょっとです。

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 再現された高札場。その後ろの建物は、現役の関郵便局。

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 旧家の古いひな人形が公開されていましたので、ちょっと覗いてみました。。

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 百五銀行関支店。現役です。おっと、この辺で駅に向かわないと・・・。

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          駅のスグ隣、道の駅「関宿」にて、みそ焼うどん定食。

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          JR関駅。無人駅ですが、関ふるさと会館になっていて、
         喫茶とお土産の売店がありました。

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         整理券をとって、加茂方面は、屋根なしの跨線橋を渡ります。

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           クリックすると拡大します    (イオンライフのHPより抜粋/翻案)        

                          
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2019年9月16日 (月)

聖徳太子のオブジェ案山子

 法隆寺に近い、奈良県安堵町の田圃のなかに、「聖徳太子オブジェ案山子」がありました。

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 このオブジェが建てられたのは、去年の春だそうで、聖徳太子の周りのオブジェ(案山子)は、
いい感じに痛んでいたり、なくなっているものもあるようです。でも、このミレー風のオブジェ
は、よくできていますよね。

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 明日香の稲淵で見る案山子まつりに似た感じも、ちょっとしますなぁ。素朴やけど。

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 ここ、安堵町には、飛鳥時代に推古天皇の摂政であった聖徳太子が  斑鳩宮(いかるがのみや)
~飛鳥を行き来したと云う“太子道”が通っていたそうで、太子の案山子は、法隆寺の方角を見つ
めています。また、昭和の中頃まで、天理軽便鉄道(新法隆寺~天理)も通っていて、近くには、
「大和安堵駅」があったとのことです。 

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 この案山子を建てた安堵町では、町民と案山子を含む人口 10,000人が目標だそうです。

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         この近くに、前職の工場があり、久しぶりに訪ねたら、
        聖徳太子のオブジェが立っていて、ビックリしました。
        高宮廃寺跡の記事は、後回しにいたします。

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        聖徳太子オブジェ案山子は、JR大和路線法隆寺駅から
       かしの木台行きのバスで15分、終点の少し先に見えます。

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2019年9月 9日 (月)

お狐さん手水

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 ちょっと、ギョッとするのですが、京都伏見の眼力社の手水(ちょうず)です。

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 眼力さんは、伏見稲荷大社の“千本鳥居”の奥に坐しますので、手水も狐なんですな。

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 眼力さんは、眼の神様と云われる一方、勝負事や人生の進路を導いていただくなどの霊験が
大変強い神様だそうです。小社ですが、信心されてる方は多いのだそうです。

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 しかし、それにしても、異形のポーズですな。怖いような・・・。

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         鳥居に射した陽光が、石灯籠を照らしていました。

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         浴衣姿で歩くのは、外国からの旅行者ですかな。数珠繋ぎ状態が
        途切れる一瞬も、ありました。

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       眼力社へは、伏見稲荷大社脇から山頂へ向かう鳥居路を40分、結構きつい。
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                                                                    (眼力さんのHPより/追記)                                                                                                                                                                 

         登り途中の茶店で、お稲荷さん。650円。疲労回復に著効あり。

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2019年8月16日 (金)

寝屋川市の治水 ②

    順番が前後しますが、今回の見学ツアーの圧巻は、「寝屋川北部地下河川讃良(さんら)立坑」
でした。地下40mへ降りて昇って。階段の下が透けて見えるので、ちょっと足がすくみます。

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 立坑の底は、直前の局所的な集中豪雨で水が入ったとかで、少しぬかるんでいましたが、
気温は低く、猛暑の地上より涼しいと云うより、少し寒い感じでした。

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 府の職員の方達が気を利かせて、トンネル内をLED照明でライトアップされていましたが、
前日の豪雨による ぬかるみのため、トンネル内には入れませんでした。

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        「讃良(さんら)立坑」を昇ったところは、南寝屋川公園の北隅
      の青い建物です。スグ北側を第二京阪道が走っています。

      Dscf6499


        また「讃良(さんら)立坑」は、寝屋川北部地下河川のスタート
       地点です。寝屋川北部地下河川としては、まだ全体の完成には至
      っていないため、現在は、地下溜池として機能しているそうです。

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                          (寝屋川流域総合治水対策パンフより抜粋/追記)

 寝屋川市内26の小学校には「校庭貯留浸透施設」が設けられているそうです。校庭を約30cm
低くして小さな堤を設け、放流孔を絞ることで、敷地内に降った雨を一時貯留するのです。 

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                        (寝屋川市の説明資料より抜粋)     

 校庭は、ゆるい小山状になっていて、水はけがよく、雨のあとも運動場がすぐに使えるらしい。

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       もうひとつ、公共下水道による雨水対策として、2022年の竣工を
      目指しているのが「寝屋川北部流域公共下水道事業」です。要は、
      地盤の高い地域から低い地域への雨水の流入を防除するものです。

      _11_20190812221801
                     (「高宮ポンプ場整備事業」パンフより抜粋)


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 その中核の「高宮ポンプ場」は、大掛かりな工事が進行中でした。このポンプ場に接続される
「秦(はた)高宮雨水幹線」は、雨水の排水を目的とした公共下水道です。完成が待たれますなぁ。

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 「高宮ポンプ場」の整備工事では、掘った穴の中で土とセメントを混和し、地中に列壁を作っ
て行くと云うもので、芯材の建て込みとH鋼で補強する「ソイルセメント柱列壁工(SMW工法)」
が採用されていました。(この説明、ホントのところは、ようわからん)

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      _10
                    (ソイルセメント柱列壁工事概要説明資料より抜粋)

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           なにせ暑い日でしたので、冷水の支給は、助かりました。

          Img_20190802_085408-2       
      
        
          何度みても、衝撃的な図ですが、我が寝屋川市は、ずいぶん
         低い位置にあることを、今更ながら、思わずにはおれません。 

            _8_20190812225201  
                    クリックすると拡大します。    
                     _7
                                                                  (「寝屋川流域の概要」より抜粋)

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2019年8月12日 (月)

寝屋川市の治水

 
                 8月2日、寝屋川市内の治水施設の見学ツアーに参加してきました。
      普段、気にもしていないことですが、寝屋川市の80%は、雨水が自然
      には川に流れない“内水域”なんだそうです。

      _8  

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       市長の見送りを受けて、出発。      

      Dscf6376-2

 まず訪れたのは、京阪香里園駅近くにある「深谷(ふかたに)調節池」。丘陵とビルの間の狭隘地
に設けられた洪水調節用の“池”です。大雨が降ると、写真右側をチョロチョロ流れている小水路の
隔壁を乗り越えた雨水がここに溜まるわけです。一定量を溜め、ポンプで淀川へ排水するのですが、
1時間当たり50mm程度の雨に対応するのが精一杯のようです。

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                                    (配布資料より抜粋)

 次は、「太間(たいま)排水機場」。6基の大型ポンプが並んでいました。

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 夏休みの子たちのために、分かりやすいスライドが用意されていました。

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       洪水時には「越流堰」と云う、少し低くなっている堤防を越えて
      治水緑地に流れ込むようになっています。

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       1秒間に135トンの水を排水できるそうです。これはスゴイ‼          

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       市のバスでの見学ツアーなので、20人ほどが参加していました。
      Dscf64282


 「御幸西調整池」は、府営住宅の公園地下に設けられた巨大な溜池です。古川と神田水路の水位
が一定量を超すと、自然流入する仕組みで、洪水がおさまったらポンプで古川へ排水されます。

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     まだ半分くらいなので、もう一回、続きます。


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2019年8月 5日 (月)

与謝蕪村生誕の地

          蕪村公園まで、市バスに乗りました。なにせ、この日は、
       暑過ぎました。城北公園通りを、守口車庫~大阪駅前のバスが
       5分おきに頻発していました。 
        ここまで来たら、蕪村生誕地碑を見とかにゃなりますまい。
       3  
             (ぶそん市のパンフより抜粋/追記)   クリックすると拡大します


        市バスを「毛馬橋」で降りた向かいに、ふわぁ~とした公園。 
       ちょっとしたモニュメントと蕪村の案内板があって、蕪村公園です。

       Dscf0837

       Dscf0840 

        Dscf0841
    

 さすがに蕪村です。地元を謳った13の歌碑があちらこちらに散在していました。

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 淀川堤防に上がったところに、「蕪村生誕地」の碑がありました。蕪村が生まれた毛馬(けま)村
のほとんどは、新淀川の工事で水没してしまっており、それを見降ろす位置に建てられています。

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 与謝蕪村は、1716年に摂津国東成郡毛馬村(現大阪市都島区毛馬町)に生まれ、20才頃に江戸で
俳諧を学び、27才のとき、下総國結城に拠点を移して、芭蕉の足跡を辿って東北を周遊、俳諧と
画技を磨き、丹後・与謝で4年を過ごした後、42才で京に居を構えて画業に専念。1783年12月、
68才で亡くなりました。その間、大坂には、何度も立ち寄っているのですが、なぜか生まれ故郷に
は、一度も帰ろうとしなかったそうです。なお、蕪村のお墓は、芭蕉庵のある京都市左京区一乗寺
の金福(こんぷく)寺にあるそうです。

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 淀川が、旧中津川を開削した新淀川と旧淀川(大川)とに分かれるところ。蕪村生誕地碑の目前。

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    もう一回、続きます。

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