嵯峨鳥居本の「愛宕(おたぎ)念仏寺」
まず、「愛宕念仏寺」の愛宕は “おたぎ” と読みます。“あたご” と読む「愛宕山/愛宕神社」
の麓に2通りの読みがあることになります。もともと山城国愛宕(おたぎ)郡、現在の東山あたり
に建立された「愛宕(おたぎ)寺」がこの寺の源流で、大正時代に堂宇の保存のために、現在地
(嵯峨鳥居本)に移築されたそうです。それで、この地に “あたご” と “おたぎ” が並ぶわけです。
寺の案内パンフによると、戦前に無住になり、昭和25(1950)年の台風で甚大な被害を受けて
廃寺になっていたところ、仏像彫刻家が住職となった昭和30(1955)年から、京都一の荒れ寺の
復興が始まったんだそうです。





昭和55(1980)年から10年間、山門の解体修理や境内全域での復興事業が行われ、その時、
寺門隆盛を祈念して境内を羅漢(お釈迦様の弟子たち)で充満させることを発願、これに賛同
した一般参拝者が自らの手で彫った1,200体の表情豊かな羅漢像が並ぶことになったのです。
それゆえ、ほとんどの石仏の背面には、奉納者の名前が大きく彫り込まれていました。






深草の石蜂寺の五百羅漢も似た感じではありますが、若冲の作とか云うことで、撮影も写生
も御法度だとか。それに比べるまでもなく、おおらかで独創的な羅漢群でしたね。
本堂の周りで足を投げ出している外国の方の多いこと。でもしかし、静かでした。 



この「愛宕(おたぎ)念仏寺」の真ん前に、
京都バスの「愛宕寺(おたぎてら)前」バス
停があります。大抵の方は、ここまでバス
で来て、愛宕古道を歩いて下るようです。
少し下った先には、「化野念仏寺」があ
って、鳥居本バス停から歩くのとそんなに
変わらない感じですが風情ある古道です。
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