「物集女車塚古墳」の石室へ ①
京都府向日(むこう)市の物集女(もずめ)町にある前方後円墳「物集車塚古墳」は、物集女
街道に沿った住宅地の一画にありました。5月に石室公開の受付に応募、最終日の6月7日
にギリギリで参加できたんです。阪急電車東向日駅から北西へ歩いて20分ほどでした。



「物集女車塚古墳」は古墳時代後期(6世紀中頃)の前方後円墳で、全長46m、墳丘の高さ9m
の比較的小振りな古墳です。西側から延びる尾根を利用して築かれ、淳和天皇の棺を運んだ
車を埋めたとの言い伝えから “車塚” とも呼ばれているそうです。大王に仕える地域の権力者
の墓と考えられ、この時代以降に流行したとされる横穴式石室(畿内型石室)を持っています。
長い通路(羨道)と広い部屋(玄室)からなる横穴式石室では、玄室は被葬者への送りの儀式
の場であり、その後に近親者が亡くなると、その亡骸をも納めていたらしい。つまり複数の人物
を一つの場所に葬ることができる画期的なお墓であったそうです。

古墳の上に、印象的な一本の杉が立っています。奈良県高取町の「市尾墓山古墳」には
イロハモミジでしたが、規模と墳形と墳頂の一本の木が似通っているとの印象です。
ですが、あちらは田圃の中の土盛りで、こちらは密集した住宅地にあるのが大違いです。


狭い石室なので、5人ずつ入るのですが、指定された集合時刻まで余裕だったので、古墳の
周囲(住宅の周回道路)を、南側から時計回りに歩いてみました。


北側の前方部は、昭和元(1926)年の物集女街道の拡幅工事の際に一部が削られて擁壁に
なっていました。国指定史跡として整備されてはいますが、まぁ、しゃあないんでしょうね。






集合時刻になりました。今年の「石室公開」最終班が石室への階段を上ります。(続きます)
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