« 西陣の今宮祭 | トップページ | ナデシコ »

2026年6月11日 (木)

京都/西陣の「今宮祭り」➋

 少し南東方向へ、小川児童公園の近くまで移動しました。途中の住宅には、「辻子(ずし)」や
「路地(ろうじ)」が普通に見られます。辻子は通り抜けできますが、路地は行き止まりです。でも
「抜け路地」と云うのもあるので、京都は難しい。

P1080119

 小川公園の一画に、「応仁の乱と細川勝元邸」の説明板があり、この辺に細川邸があった
そうで、応仁の乱後の復興した京の景観を描いた「上杉洛中洛外図屏風」には、築地塀に囲
まれた邸内に連なる建物と多くの人が行き交うさまが描かれていました。そして、山名宗全の
“西陣” に対し、そこ「細川邸」こそが東軍の陣地、つまり、“東陣” やったんやそうです。

 せやけど、室町時代のお話しが、公園の説明板で普通に語られているんですよ、京都やねぇ。
次の写真は、その小川公園の説明板から写し取ったものです。

P1080120a 

 結構長い時間を掛けて、狭い四つ辻を御輿の長い担ぎ棒を無事に回せたようですが、もし
当たってたら謝ったらしまいやと、安堵の声を弾ませながら、広い道に出てきました。そこで
また小休止です。つまり撮影ポイント。

P1080245
P1080125P1080145
P1080147P1080161

 宮司さんを乗せたオープンカーも来ました。御輿を出す町の単位で “お札” を売ってました。

P1080290P1080235

 ガイドさんの資料提示。宝永元(1704)年に描かれた今宮祭りの様子。ふぅ~ん。

P1080167

 次いで、“休み鉾” になってる芝大宮町の「蓮鉾会所」に移動、“居祭” の様子を見ました。
応仁の乱で西軍の拠点となり、“西陣” の名を遺したと云う山名宗全の邸宅跡を眺めながら、
わざわざ狭い辻子を抜けて行った先には、蔵から出した色んな用具が広げられていました。

P1080308P1080314P1080315
P1080317P1080326P1080324

 由緒ありげな大邸宅が並ぶ元誓願寺通りの “箔屋野口” と云う、ガイドさんの幼友達宅に
あげてもらいました。代々、西陣の帯に織り込まれる金糸や引箔を製造されており、独自の
絵画表現に昇華させた「箔画」の作品を制作・販売されているそうです。安いものではない。

 こちらで緊張しながら休憩、巡行の鉦の音が近づくのを待ちました。

P1080350P1080344
P1080352
P1080353

 鉦の音が近づいてきたら、通りに出て待ち受けます。さっきと同じ列ですが、お疲れの色も。

P1080358P1080393P1080459P1080403
P1080494
P1080616
P1080562
P1080646

P1080519  巡行の列は、一服したら、もうひと頑張りして
 今宮神社に還ります。疲れたので、ここで退散。
 (2026/5/10 撮影=まいまい京都のツアーにて) 

 にほんブログ村 旅行ブログ ぶらり旅へ にほんブログ村 ブログランキング・にほんブログ村へ

  ご訪問ありがとうございます。
 上記のポチッといいね💛をよろしくお願いします

« 西陣の今宮祭 | トップページ | ナデシコ »

祭・行事の記録」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 西陣の今宮祭 | トップページ | ナデシコ »

無料ブログはココログ
フォト
2026年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

最近のトラックバック

ウェブページ