“美形”「市尾墓山古墳」の石室へ
奈良県高取町の「市尾墓山古墳」の石室限定公開の知らせをFBで知り、さっそく申請書を
FAXしました。以前、この石室が “夜間公開” されたことがありました。石室の入口から強い
西日が射すのを避けるためとのことでしたが、その時は都合がつかず、行けなかったんです。
単線の近鉄吉野線の市尾駅は無人駅でした。駅周辺は帰途にユックリ撮ろうとサボったら、
復路は駆け込み乗車になってしまいました。(なので、駅周辺の写真はありません)
駅から北へ5分ほど進んだ古道の四つ辻に、見えにくくなった案内標識がありました。
一面に広がった田圃の真ん中に、忽然と姿をあらわす可愛らしい古墳。平地に粘土を固め
て築造されたそうで、墳丘の一段目と二段めの間の “テラス” に埴輪列が出土したそうです。


11時の案内を申請していましたが、
少し早く着きました。誰もいません。
初め、円墳のように見えていたんで
すが、踏み跡をつたって周囲を歩いて
行くと、前方後円墳の形が現れます。
「市尾墓山古墳」は全長70m、高さ
10m、2段の墳丘を持ち周濠と外堤を
合わせると全長100mの規模とのこと。



時間になると教育委員会の方が来られ、厳重
な鉄扉を開けてくれました。一人のために。
石室内のすごい高湿を維持するため、二重扉
になっていました。
(左の記事は石室階段下の説明板より抜粋) 
羨道の奥に石棺が見えました。振り返ると二重扉からの強い陽射しが湿度で煙っています。

羨道を進み、玄室に入ります。家形石棺の左手前部分の補修跡が鮮明過ぎますね。

用材は、やはり二上山周辺の凝灰岩だそうです。出土遺物から6世紀初めの古墳時代後期
を代表する古墳とされ、この地域に権力をもった豪族が葬られていたらしい。
天井に架けられた大きくて平らな石を見上げると、ボツボツとした水滴が光っていました。
多湿な石室環境での結露のようです。また石棺の奥壁には、小さめの石が積み込まれていて、
羨道奥を後から閉塞させたかのようでした。(次の1枚はクリックで拡大します)




じっとりとした石室内を出て、墳丘に上がってみました。後円部と前方部の境目の墳頂近くに
一本のイロハモミジが植わっていて、“翼菓” が揺れていました。風に吹かれるとクルクル回っ
て遠くまで種が飛んで行くらしい。


石室内の見学を終えると昼近くになっていました。市尾駅近くにもどると、電車が停まって
いるのが見えました。単線なので交換待ちしているようです。次は30分後になるので、急いで
駆け込みました。そのせいで、市尾駅周辺で撮るのを失念してしまいましたよ。
お昼は、橿原神宮前駅構内で ニシンそばセット。柿の葉寿司をお土産にしました。

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