大くすの木を巡る半日コース ➋
三ツ島神社のスグ近くに京阪バス(古川橋駅⇔門真団地)の停留所があります。でも、便数
が少なくなっていて、使い勝手はよくありません。とは言え、駅への途中の免許試験場前まで
15分ほど歩けば、そこからの便は10~15分毎にあるので、焦ることはないのですがね。

古川橋駅でトイレ休憩し、12分毎の電車で一駅先の大和田駅に向かいます。
大和田駅高架の南側には、昭和14(1939)年に開設された、ベアリング球の天辻鋼球の工場
があり、その反対側に坐すのが これまた「堤根(つつみね)神社」です。稗島のが明治末期に
改称したのに対し、こちらは仁徳天皇による茨田堤(まんだのつつみ)が起源と伝わっています。
この「茨田堤」と云うのは、淀川の治水のために仁徳天皇が築いたと伝わる “輪中堤防” で
すが、古代の淀川の流路が定かではないこともあって、史跡の石標にも“伝”と記されています。

堤根神社の由緒や日本書紀によると、堤防工事の際、2ヶ所の断間(たえま=築堤困難箇所)
に難儀して人柱に指名された茨田蓮(まんだむらじ)の袗子(ころもこ)が断間近くに祠を建てて
河神を祀り「河神なんぞ祟る。吾を得んと欲せば先ずこの瓢箪を沈めよ」と2つの瓢箪を激流
に投げ入れたそうな。
その瓢箪2つが沈むことはなく、袗子は神助を得て断間を修復して民の困苦を救い、吾身を
亡くすこともなかったと云う。その堤防上に河神を祀った祠がここ堤根神社の起源らしいです。
なお、袗子断間は、淀川堤防近く摂南大学北側の太間(たいま)公園あたりとの見解もあります。
ここのくすの木は、そんなには大きくないのですが、植わっている土塁のような小高い場所
自体が茨田堤跡だと伝わっている、との歴史が乗っかっている訳ですね。
堤根神社と大和田駅の間にある「朋 焙煎所」にて小休止。大仕掛けな焙煎装置がどかっと。

このあと萱島駅まで歩きます。大した距離ではありませんが、途中、高架を潜った先に高い
くすの木がありました。「島頭天満宮」の裏口です。もとは産土(うぶすな)神社と呼ばれていま
したが、「島頭(しまがしら)」の地名を残すために昭和51(1976)年に改名。大くすの木の姿形と
しては、ここのがよく整っていると思います。(次の2つの写真はクリックで拡大)



京阪電車の高架下へ戻ったところにある
「郷土菓子まむ多」のお店。「茨田(まんだ)」
由来の店名らしいです。道路工事に伴う立
退き移転で なくなりかけましたが、弟子筋
の方が支店として再出発されたとか。
「まむ多」から高架に沿って3分も歩けば、
京阪電車の萱島駅です。
今回のゴール、「萱島神社」に到着です。萱島駅の高架ホームの直下にあります。京阪電車
の高架複々線化工事にともなって伐採される予定でしたが、何とか免れて、社殿も寄進されて
再興なったのが昭和55(1980)年のことだそうです。
萱島神社は、この御神木のお陰で復興された訳です。高架ホームの屋根の上にポッカリと
浮かぶ姿は、ブロッコリーみたいです。日々のお詣りも多く、露店が60も並ぶ夏祭も盛大です。


「萱島神社」の大くすの木は、樹齢700有余年、樹高20mにもなります。昨年、京阪電車の手
で、ひと月かけて剪定作業が行われました。10年ぶりとのこと。その時の端材を用いた御守も
制作されましたが、アクリル製の新しい御守には、大クスの木と京阪電車が描き込まれました。
そして、地元酒店の大型冷蔵倉庫に保管されている地酒「大楠大明神」もあるのですよ。


寝屋川の堤防から見える、ホーム屋根上にポッカリ浮かんだご神木は、ブロッコリーみたい。
アハハ、南太郎は「萱島神社」の“中の人” の一人ですが、まだまだ若僧扱いされとりますけど。
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