箸墓から三輪へ
「箸墓(はしはか)古墳」の発掘現場見学会のあと、「桜井市立埋蔵文化財センター」まで歩く
ことにしました。発掘現場から東に向かい、T字路を右折すれば一本道とのことなので、迷う
こともありますまい。何度か歩いたことがある、相撲神社など “山野辺のみち” に背を向けて、
大神(おおみわ)神社の巨大な鳥居をめざしました(下図の紫の太点線)。
とは云え、この間に何かある訳ではなく、ただ歴史ありげな家並みがつづく “街道” ですね。
スグそばを並行する国道/県道があるので、車の往来が限定的で歩きやすい道です。
この辺りの川は、底が浅い天井川のような状況ですし、池が多い感じです。



途中に、なにやら “パワースポット” です。“赤糸の小道” の「苧環塚(おだなきづか)」は、
古事記に綴られた三輪の赤糸伝承の由縁地らしい。
大神(おおみわ)神社の主祀神、大物主が活玉依媛(いくたまよりひめ)のもとに毎夜通った
とき、その正体を探るために縫い付けられた“麻糸”が三輪山に達していたことが由来と云う。
でもまあ、縁結びのイベントかも。



大神神社の大鳥居までくれば、「埋蔵文化財センター」は、目の前でした。三輪そうめんを
使った “にゅうめん” と握りのセットで腹ごしらえをしてから展示室に向いました。
厚着して行ったのに日差しが強い日で疲れました。
このあと、「埋蔵文化財センターの「展示をみます。
“発掘調査現地説明会” 記念とかで入場無料でした。
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