あの「箸墓古墳」で二つ目の “渡り土堤”
卑弥呼の墓かとも云われている「箸墓古墳」で、また “渡り土堤” が検出されたとの報に接
したので、2月21日の現地説明会に行ってきました。奈良方面加茂行の大和路快速で王寺へ
行き、和歌山線・桜井(万葉まほろば)線経由で巻向(まきむく)駅まで、2時間ほど要しました。

「箸墓古墳」は、纏向(まきむく)遺跡の南端にある全長280mの前方後円墳で、3世紀中頃~
後半に築造された大型前方後円墳のなかで最古級のものとされています。例によって宮内庁
が「太市墓」として第7代孝霊天皇皇女の墓に治定していて、墳丘への立ち入りは禁止です。
それもあってか、発掘現場見学の前に、古墳近くの広場に集合して説明会が1時間ごとに
催されていました。説明を聞き終わったら、資料に付された連番により、100人ずつ移動です。




墳丘内の調査が出来ないため、外縁部の調査に限られるのですが、桜井市教育委員会は
1998年の調査でも後円部に “渡り土堤” を検出していて、今回は2例目と云うことです。ただ、
1つ目の “渡り土堤” には葺石があったのに、今回のには葺石がなかったので、その違いが
何によるものか、興味のわくところではありますが、“渡り土堤” には墳丘への通路としての役
割りと傾斜地に築造された古墳の周濠に水を溜めるための仕切りの役割りの2つが考えられ、
後者の場合には、葺石をしていないだけかも知れませんがね。
説明が聞き終えたら、最近 “葺石” が露出することが多くなったと云う箸墓(はしはか)古墳の
裾野を迂回、遥拝所の先の狭い発掘現場に移動しました。

発掘現場は、割とコンパクトなものでした。今回の発掘は、現地で駐車場を拡張造成するの
にともなうものだそうで、スグまた埋め戻されてしまうんんでしょうね。多分。




寒かろうと着込んできたのにクソ暖かくて参ったのですが、このあと大神神社大鳥居近くの
「桜井市立埋蔵文化財センター」まで歩いたんですよ。(下の2葉はクリックで拡大します)
なお、現地説明会の翌日に同現場を訪ねた知人のY谷さんから、その時の写真を借りました。
ビニールシートでしっかり梱包されてるんですね。それ、見たことなかったので載せときます。
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