「妙見山煙突」枚方の “戦争遺構”
昭和30(1955)年に始まった日本住宅公団による香里団地建設の地は、かつて兵器用の火薬
を製造していた工場の跡地なんだそうです。うっすらとは聞かされていたんですがね。その跡地
の一画に残されている「煙突」の見学会を枚方市が催すと聞いて、行ってみました。

この煙突は、宇治にあった火薬製造所から奈良線~片町線経由で香里製造所へ送られてくる
湿った火薬を乾燥させて完成品を製造するためのスチーム用石炭ボイラーの煙突だったそうです。
直径2m、高さ20mもあり、平成20(2010)年度に耐震補修工事済みとのこと。
なんでも、煙突に取り付けられたトゲトゲのようなのは、これに樹木の太枝を取り付けて、大木
に見えるよう偽装、米軍機からの攻撃を避けようとしたんだそうです。ほんまかいな?

妙見山の麓に広がる香里団地。昭和初期には、住宅地はなく、山と谷が “誘爆” を防止するの
に役立つ天然の土塁のような地形だったそうです。国鉄片町線と奈良線で結ばれた砲兵工廠~
香里~宇治などの関連施設のネットワークの一環として、香里製造所があったんですね。

(枚方市の戦争遺跡ガイドより抜粋/補記)

現在、妙見山は、枚方市水道局の配水池になっていますが、この一画だけは住宅団地の計画
から外れたそうで、この煙突だけが撤去されずに残されたそうです。昭和57(1982)年、枚方市は、
府下初の “非核平和都市宣言” をして、この煙突をシンボルとして保存することにしたとのこと。

京阪電車香里園駅から香里ケ丘八丁目行のポンチョで20分、八丁目北で降りればスグ前でした。
なお、砲兵工廠と引込線をweb探索していたら、下左の略図を見つけましたが書籍には収載されて
いませんでした。(香里と宇治の関連が分かりやすいと思い、転載しておきます)

にほんブログ村 (2025/11/8 撮影)
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