「上町台地」の北辺を巡る ②
谷町4丁目~森之宮駅間は、1駅です。くっそ暑い時季なので、このくらいがエエとこですね。
「難波宮跡公園」の北東端で右折、中央大通りを外れて、ちょっとした坂道を下ります。
坂を下った先に残された「越中井戸」。豊臣時代に細川越中守忠興の屋敷があった場所です。

細川越中守忠興が徳川に従って会津攻め
に出陣中、反家康の石田三成の軍勢に屋敷
を囲まれた妻ガラシャ(たま=光秀の三女)は、
切支丹信者ゆえに自害することなく、家屋敷
に火を放って、家臣に首を打たせて果てたと
伝えられています。
(ガラシャ像は「越中井由来」説明板のもの)
中央大通りに通じる越中町筋は、ここ「越中井戸」を避けて大きく迂回していました。
道を挟んだ先にある越中公園の傍らにある「青刻昆布発祥地の碑」。乾燥刻み昆布は、煮たとき
の発色をよくするための染料が用いられていた(今は禁止)らしいが、大坂で昆布を加工する産業
が盛んになる礎となり、戦前までは、その方法が主流だったそうな。
少し南に進んだところに「聖マリア大聖堂」。入口の左右に、高山右近と細川ガラシャの像。

高校時代、美術の時間に大阪城へよく出掛ける道筋でしたが、大聖堂のなかへは伺ったことが
なかったので、今回の訪問では、へぇ~と云う感じで、かなりジックリと見学しました。(続く)
にほんブログ村 (2025/7/5 撮影)
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