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2025年5月 1日 (木)

水仙郷のそばの “ミニ古墳群”

 今年2月、「柏原水仙郷」を巡ったときに見掛けたのですが、そこかしこに覆い土を失った小さな
“古墳” が露出しているところがありました。歴史上の著名人のものではなく、この地域に居住した
渡来系技術者集団の、そこそこの長(おさ)のものらしいです。

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 柏原市の大県(おおがた)周辺地域には、百済から渡来した王族の古墳が数多く残されているそ
うです。大和川と石川が合流する、JR関西線高井田駅そばに160基も穿たれた「高井田横穴」も、
そうした渡来集団のものと云われています。砂鉄の精錬や石組みの技術を持ち、農業にも長じた
高度な技術者集団であったらしい。その流れの “族長”クラスの墓ではないかとのこと。

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 天蓋や覆い土がなくなっているので、石窟の中が露出しています。構造は単純です。

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 1分と歩かない先にも、同様の古墳が露出しています。こうした古墳は、水仙郷とそこへの通路
を整備する中で、笹薮を刈ったら見つかったんだそうです。

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 でも、何でもない露岩とも思えるものが “古墳” だったと云うのは、ちょっとしたロマンですね。

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 少し離れた崖にある「夫婦岩」。これも、露出した古墳が崩れたものではないのでしょうかね。
崖を降りてみたい思いに駆られましたが、崩落危険との看板とロープがあり、自重しました。

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 この日の昼は、近鉄道明寺駅前の珈琲館チェリーでカツカレー。たばこの煙に往生しながら。

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