「久米仙人」の寺
近鉄橿原神宮前駅の近くにある「久米寺」は、神通飛行術で空を飛んでいたら、川で洗濯する娘
の白いふくらはぎに目がいって墜落したと云う “久米仙人” の伝説が伝わるお寺だそうです。
駅西口からまっすぐ来た住宅街の奥、東側のパッとしない入口からの参道脇には、農薬関係者
が建立された「虫塚」があって、毎年6月末ごろに “虫霊供養” が営まれるそうです。一寸の虫に
も五分の魂と云うことでしょうが、この「虫」と云うのも、「虫の知らせ」や「虫がいい」などの虫に絡
めた言葉のように、人の潜在意識に棲みついた「虫」をも含めんかいな、と思ってしまいますなぁ。

虫塚の先、 阿弥陀堂の前にはキンピカの大日如来が鎮座、かなりの違和感ですよ。
北側へ抜ける参道のスグ先には踏切があり、近鉄電車が境内脇を駆け抜けて行きました。
(地図は「県民だより奈良」2009.4/ならの昔話より抜粋)


久米寺は、聖徳太子の弟とされる来目皇子(くめのおうじ)の創建とされ、幼少期の眼病で両目を
失明したが、薬師如来に祈願して平癒したそうな。本尊の薬師如来は、眼病に霊験あらたかとか
で、西国四十九薬師霊場の一つになっているそうです。

本堂手前にしている「久米仙人」の石像。墜落したあと、その娘をめとって普通に暮らしたとか。
でも、東大寺の大仏建立の際、改めて七日七夜の修行で、一度は失った神通力を回復し、吉野山
から大量の木材を空中に浮遊させて運搬、大仏殿建立に貢献したと云う。ご褒美に広大な免田を
賜り、そこに建てた寺が、久米寺の始まりとされています。と云うことは、来目皇子と久米仙人とが
重なってしまいますが、諸説ありということでイイでしょう。仙人は300年くらい生きたらしい。

日向ぼっこしていた にゃんこ。上の仙人像の足許にもう一匹居るんですが、背中に大きな傷を
負っていて、痛々しそうでした。それを見守ってる感じのコヤツ、歳の割に中々の眼力です。
仙人堂には、変わった願掛けの仕方が案内されていました。賽銭を入れ、カワラケに願いことを
書いて、それを木槌で叩き割るらしい。
雷火で焼失した当初の塔の代わりとして、京都の仁和(にんな)寺から移築された、境内西側に
ある多宝塔。それゆえか、久米寺は “仁和寺別院” とも云われています。

南側の立派な山門。今回は、“裏口” から入ってしまったので、少し印象が変わってしまいました。


この日、11時からの「飛鳥/石神遺跡発掘調査」の
現地説明会に行ったあと、一旦、橿原神宮前駅に戻
って、構内の “きはる” で鍋焼きうどん定食にあり付
きました。何せ、発掘現場の風が冷たかったんです。
久米寺は、駅から近いと知ってはいましたが、いつ
もパスしていました。5月には、二十五菩薩練供養会
があるとのことで、そそられますなぁ。
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