“汐見橋線” で暇つぶし
先日、夕方の18:30から職場の送別会の予定があったので、その前に所用を片付けようと大阪
市内に出掛けました。簡単に片付いたのは良かったんですが、1.5時間ほどの時間潰しが必要に
なってしまいました。場所は長堀橋、送別会は堺市内です。さて、どうしたものか。
そのとき思いついたのが、“汐見橋線” の乗り鉄。天下茶屋駅に出て、岸里玉出駅まで1駅乗れ
ば、そこは “汐見橋線” への乗換駅です。南海の高野線から汐見橋線への長~い連絡通路を歩
いて、隅っこの6番線ホームに上がります。しばらくすると、汐見橋からのワンマン電車が到着。
17時近くとあってか、少なくない人数が降りて来られました。
16:55発の汐見橋行が発車する少し前、右奥では、難波への “泉北ライナー” が通過していき
ました。通称「汐見橋線」は、単線で左に折れて、高架を下って行きます。
汐見橋駅を出て高架を降り始めると、スグに単線から複線になっています。現在の汐見橋線は、
2両編成の電車が30分毎にシャトル運行しているだけなので、単線で充分な状態ですが、信号系
統を改造すると費用が嵩むとかで、なにわ筋線構想から外れた今も、複線のままになっています。
ガーター橋の下は、国道26号線。多分。
最初の駅は「西天下茶屋」。この駅で、半数以上の乗客が降りてしまいました。

次は「津守」。
次の島式ホームは「木津川駅」。かつては、高野山方面からの木材を船に積換える拠点でした。
次いで「芦原町駅」。JR大阪環状線の「芦原橋駅」へ徒歩連絡が可能らしい。

右手に阪神高速道路の橋脚が見えてきたら、間もなく終点、岸里玉出駅から4.6kmです。


汐見橋駅は、明治33(1900)年、高野鉄道の起点「道頓堀駅」として開業、翌年、「汐見橋駅」に
改称、明治40(1907)年には高野登山鉄道、大正11(1922)年には南海鉄道の駅となった歴史があ
ります。なので、昭和4(1929)年に高野線の列車がすべて難波発着になるまでは、汐見橋駅は、
高野線の始発駅でありました。(支線化された今でも、“正式” には汐見橋~極楽橋が高野線)
改札のスグ前が “千日前通り” です。その隣の阪神なんば線 “桜川駅” とくっついています。

2番線は、30分間隔になってからは、使われてない感じです。阪神なんば線が開通してから、
汐見橋駅の乗降客は、乗換客で24%も増加しているそうですが、なにわ筋線との接続構想から
外れてしまったので、この先も、“都会の秘境線” が維持されるものか、安泰ではなさそうです。
岸里玉出~汐見橋間の所要時間は9分。6分後には折り返しです。一旦、改札を出てみます。
通称、汐見橋線には、何度か乗ってい
ますが、途中駅には降りたことがありま
せん。大阪市内にありながら、とんでも
ない閑散駅だそうですので、尻込みして
いました。続きます。(2024/9/13 訪問)
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こんばんは。
大阪の中心部近くにいることを忘れるような路線ですよね。
メインルートから外れ、分岐部が単線であるにもかかわらず、どうして複線で残っているのだろうと思っていたのですが、そういう事情があったのですね。
投稿: いかさま | 2024年9月29日 (日) 22時42分
いかさまさん、いつもありがとうございます。
以前、20分間隔のときは、複線が必要でしたが、30分間隔になってその必要がなくなったんですが、
信号系の改修工事に費用が掛かるのでそのままと云うことでした。無論、なにわ筋線接続による地下化
の可能性が潰えたのになぜ、と云う記事の中で語られていました。
ところで、“全線完乗” の維持と云うのは、並大抵のことではないんですね。
投稿: 南太郎 | 2024年10月 2日 (水) 21時32分