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2024年6月27日 (木)

淀川と生きた街「野里」へ ➋

 度重なる水害に悩まされていた大阪を守るため、旧中津川を大幅に拡幅して新淀川が整備され
ました。毛馬に「淀川大堰」を設け、大阪市内に入る旧淀川(大川)とは別に、大阪湾に直接注ぐ
直線流路を造る工事が始まったのは明治30(1897)年のことです。(下図はツアー配布物に加筆)

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 新淀川改修以前の中津川には「野里の渡し」が置かれ、尼崎方面への街道が通じていましたが、
明治9(1876)年に私設有料の木橋「槲(かしわ)の橋」が架けられ、その橋は、旧中津川埋立ての
明治39(1906)年まであったとのことです。現在も、その案内石標が残されていました。

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 「野里村」は、旧中津川右岸堤防に沿って開けた村落で、「野里住吉神社」がその中心にあった
とのことです。夏祭り(7/31~8/1)には、枕太鼓や3基のダンジリが町内を行き交うそうです。

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 境内際の石垣が かつての河岸堤防の位置だったようです。

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 それにしても、玉垣や石垣の寄進者に“堤下茂兵衛”の名がアチコチに溢れていました。堤防の
たもとの生魚・乾物の豪商だったんでしょうか。

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 「野里住吉神社」の社標の寄進者も「堤下茂兵衛」さんでした。そのスグ隣には「野里の渡し」
の真新しい石標と説明板がありました。

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 境内の北詰めに「乙女塚」と云うのがありました。ここは、かつてあった “瀧の池” の跡だと云
われ、「一夜官女の祭」の由来となった哀しい物語が伝えられています。

 中津川に面した昔の「野里」は、打ち続く風水害と悪疫による悲惨な明け暮れで、近隣の村人か
らは “泣き村” と呼ばれるほどだったらしい。村を救うためには、毎年一人の子女を神に捧げよ と
の託宣があり、人身御供の子女が唐櫃に入れられて神社に放置されていたと云います。
 ある時、村人からそのことを聞いた一人の武士が「神は人を救うもので、人を犠牲にするのは神
の思し召しではない」と乙女の身代わりに唐櫃に入って神社に運ばれたそうな。翌朝、そこに武士
の姿はなく、深手を負った大きな狒々(ひひ)が絶命していたと伝わっています。そしてその武士が
修行中の岩見重太郎だと云うのです。村では、その後、安寧の日々を送るようになったそうです。
(神社に掲出された説明板の記事より要約)

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 無秩序に埋め立てられた旧中津川の跡地の道は、やはり狭く直交する交差点は少ないようです。
このあたりでも、「海抜-0.9m」を知らせる表示が取り付けられていました。

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 江戸時代の都市近郊農家だったと云う「池永家住宅」。国の有形文化財に登録されています。
文化年間(1804~1818年)の増改築を経て、明治の中頃に現在の形になったもの。中には入れな
かったのですが、柱や土間の梁組みなど、この時代の古民家の要素をよく残しているらしい。

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 さて、塚本駅に戻ります。途中の閉店した商店の小さな看板に、「日(ヒビ)商店」とルビが振っ
てありました。珍しい名前なので、煩わしくなって、ルビを振ったんでしょうな。

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 塚本駅前から続く商店街「サンリバー柏里」の南口まで戻ってきました。やはり直交しない路。

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 さすが「グリコ」のおひざ元ですね。

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 千林よりは、かなり短いアーケードです。JR塚本駅南口は、阪神高速の高架下が駅前広場です。

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 歩き疲れたあとのお楽しみは、塚本駅前の “お魚パラダイス”「一文字」の特別海鮮料理です。

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  今回の歩きは4kmほどでしたが、似たよ
 うな地形のところを、ここに中津川の流れ
 があって、右岸だったか左岸だったかと迷
 いながら進んできました。

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コメント

こんばんは。
大阪駅のたったひとつ隣なのに、塚本駅にはまだ降り立ったことがありません。
周辺にこんなに風情のある街並みがあるのですね。
また駅散歩の楽しみが増えたような気がします。ありがとうございます。

いかさまさん、こんばんは。

そうですね、一駅違いですが、ほとんど降りないですね。環状線だと、大抵の駅に降りたことがありますが、
JR神戸線の各停には乗らないですね。今回の訪問でも、大阪駅からのJR宝塚線方面の各停が塚本に停まるんやったか、と
一瞬迷って、降りてしまい、集合時間ギリギリになってしまいました。

 今回の淀川大橋の先、阪神西大阪線の福駅まで、歩いたこともありますが、洪水記念碑が立ち並んでいました。
大体が、海抜マイナス地帯です。いろいろ、見るところは多いです。

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