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2024年5月13日 (月)

難読「雁多尾畑」って どこかいな

 昨夏、近鉄道明寺線の取材中、大和川堤防の草叢に「松谷御堂」と記された曰くありげな石標を
見掛けました。あとで、それが2kmほど山手にある「松谷光徳寺」のことであり、「雁多尾畑」と
云う集落の中心にあることを知りました。かなりな急坂を上がった先らしく、暑い時季の訪問は見
送ることにましたが、この5月、「雁多尾畑」へ向かうべく、JR大和路線の高井田駅に来ました。

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 ありがたいことに、柏原市の市内循環バスが毎時1本「雁多尾畑」まで通っていて、それも無料
だと云うのです。国分駅前発ですが、JR高井田駅を経由しています。27人乗りの中型バスです。

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 上の地図は、高井田駅前に掲出の探訪マップから抜粋(加筆)。「雁多尾畑」は、かりんどおばた
と読みます。難読ですねぇ。急な坂道の途中、ゴミの集積場の横の三叉路の、ちょっと広くなった
場所がバスの終点です。一旦バックして、バス停に横付けです。折り返しの国分駅行になります。

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 狭くて急な邑中の路地を歩いて、まずは「松谷光徳寺」をめざします。遠足らしき一団に追い
かけられるようにして、坂道を進みますが、しんど過ぎますよ。

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 ちょっとした横筋に入った先に「松谷光徳寺」があるようです。建て込んだ石垣の間の路です。

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 折り重なるように続く、石垣と立派な屋敷を抜けたところに「松谷光徳寺」が見えてきました。

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 「松谷光徳寺」は、河内から大和の龍田大社への“龍田越え”の途中、雁多尾畑の集落に建つ堂々
とした構えのお寺でした。門前に掲げられた「松谷御堂の由緒」によると、円融法王の勅願による
開創と伝えられており、もとは天台宗の寺院だったが、延暦寺と興福寺の僧徒の争いのあおりを受
けて焼き払われてしまったそうです。

 その後、1228年に後堀河天皇の宣旨を以って、園城寺(三井寺)の僧が光徳寺として再興、本堂を
雁林堂(かりんどう)とし、親鸞の念仏宗に入って「松谷御堂」となり、一向専修の道場でもあって、
石山本願寺とも深く関わってきていたそうです。この「かりんどう」が地名の「かりんどおばた」
のもとになったらしいと云うことです。多分、「かりんどうのはた」でしょう。(はたって側の意味)

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 現在の本堂(雁林堂=かりんどう)は、昭和8(1771)年に再建されたもの。(↑ クリックで拡大)  

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