➍ 雁多尾畑からの帰りしな
昨年5月に、たまたま大和川切替え地点の堤防で見掛けた「松谷御堂」の石標から始まった興味
の先に、雁多尾畑(かりんどおばた)と云う難読地名の邑落があることを知りました。しかもそれが
大阪府柏原市の山地にあり、地元のコミュニティバスが通っていると云うので、今回、行ってきた
わけです。マイカーを諦めた後なので、公共交通機関があるのはありがたいことです。
雁多尾畑から降りてくる途中にあった粋な「堅上駐在所」。でも、駐在所なんやねぇ。

だいぶ平地に降りてきたところ、青谷です。そこには「金山彦神社」。崖の上の「金山媛神社」
ともども、延喜式内社です。祭神の金山毘古神は、火の神との関係が深く、鉄工、金属業、炊事、
土木など火に関わる産業や生活の繁栄と安全を願う人々の篤い信仰を集めているそうです。

神社の略記によると、古代、このあたりは、製鉄業で栄えていたそうですので、製鉄の守護神
として奉祀されたものでしょうか。製鉄には、それに適した風が得られることが必要だったとか
で、神社の北方の高地には、風神降臨の聖地としての伝承もあるそうです。
境内にある説明板には、平成10(1998)年の「古代たたらの復元」が記録されていて、ここに
たたら炉が築かれ、一昼夜かけて27kgの鉄塊を得たとのこと。出雲の話しかと思いましたな。
金山彦神社の前は「大池」と云う溜池です。貴重な水源だったんでしょうね。

「大池」の先で、高井田方面と河内堅上駅
方面とが分岐していました。歩きなので左折
して、河内堅上駅へ向かいます。


「打越行者堂」の前で左折すると、もう河内堅上駅へは一本道です。この行者堂は、大峰詣りに
行く人が行者講をつくり、ここで身を清めて出立したそうです。石柱の一つは江戸時代のもの。
亀の瀬へと続く「竜田古道」の一つ。駅はスグそこです。
河内堅上駅頭の駅銘板は、なんと紺藍白抜きのホーロー製。ICOCAも使えます。一応。

JR難波行の普通電車。国電201系が頑張っています。これに乗って、柏原駅まで行きます。
柏原駅で近鉄道明寺線に乗り換えて「柏原南口」に降りました。そう、大和川切替え地点です。
このホームから「松谷御堂」の石標が直視できます。右手の灯籠は金毘羅灯籠だそうです。この
「松谷御堂」って、何やねんと云う疑問が始まりでした。石標には、是より37丁とあります。

堤防にやってきました。「雁多尾畑(かりんどおばた)」は、向いの山地の尾根近くです。石標
越しに臨むと、この石標の真正面でした。堤防から直接降る石段もありましたが、段幅が狭くて
急過ぎるのに加え、草叢に覆われていて滑りそうなので、踏切を越えて、右手へ迂回しました。
柏原~道明寺~古市をつないだ河陽鉄道は、近鉄最古の路線です。近鉄は、南大阪・吉野線だけ
が “狭軌” になっていますが、スタートが関西線への乗入れや貨物輸送が前提だったからですね。
道明寺からの折り返しの電車で柏原駅へ戻りました。
長々と「かりんどおばた」にお付き合い、ありがとう
ございました。道中、お店がないことを見越して、若干
の“軽食”を用意してはいたものの、腹が減りましたよ。
天王寺駅MIOにある「卵と私」に直行し、遅いランチ
を摂りました。ふわっふわっの卵が旨し。でも、ジジイ
一人のオムライスは、絵になりまへんがな。
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