❸ 雁多尾畑(かりんどおばた)からの下り
やはり、山稜地への往復は、下りが楽でしょう。なので、往路はJR高井田駅からのコミュニティ
バスに乗せてもらい、復路は、歩きでJR河内堅上駅へ戻る計画で来ていました。
「雁多尾畑(かりんどおばた)」地区は、奈良県境に近い、大阪府柏原(かしわら)市の山地の崖を
舐めるように広がった不思議な邑落で、予想を上回る密集状態の家並が続いていました。

経済力があるんでしょう、「雁多尾畑」には、農協も郵便局もあり、ゴジラも居ましたよ。
坂道の途中にある郵便局の階段下には、車いすの方用のインターホンも用意されていました。


少し枝道に入ると、奥の方へ狭い急坂が続いていますが、奥行きはない感じです。

見晴らしのよい崖沿いの路からは、二階家の屋根が重なり合う先に、往路に訪ねたばかりの
あの「松谷光徳寺」の大屋根が邑落の真ん中あたりに うかがえました。
メインの道路と「松谷光徳寺」への枝道との分岐点まで戻ってきました。先ほどのバスで着い
たバスで戻って来られたんでしょう、地元の方が坂道を上がってゆかれました。
足が持ちそうにないときは、バスで帰ることも考えていましたが、まだまだ大丈夫です。



この坂道の上の方に行くと、柏原市の出先機関が集まっているんですが、よう行かんわな。
しばらく下っていると、「金山媛神社」の駐車場に出ました。一息入れて、階段を上がります。

雁多尾畑の氏神「金山媛(かなやまひめ)神社」の祭神の金山毘売命(かなやまひめのみこと)は、
日本最古の製鉄の守護神とされ、柏原市域での大規模な鉄器製作集団との関連が伝えられている
そうです。(近隣の大県(おおがた)遺跡は、渡来人による鍛冶技術集団の集落遺跡なんやそうな)
と云うことは「雁多尾畑」を開いてきた人達も、製鉄関連の技術者集団であったのかも知れま
せん。それにしても、奈良/大阪の境に近いところで、鉄の歴史を聴くと云うのが、面白いですな。





そう云えば、各地の銀山跡なんかに行くと、大抵、金山媛神社が祀られていましたよね。
雁多尾畑を含む、“堅上地区”には、幼稚園~小学校~中学校の一貫校があるようです。金山媛
神社の下の方の谷筋に、一連の建物が並んでおり、崖を下る府道の歩道柵には、そのキャッチを
描いたポスター群が展示されていました。






“河内ぶどう”の畑を横に、竜田道を、ひたすら下ります。お店らしき姿は、全くありません。
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(2024.5.2訪問) もう一回、続きます。
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