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2024年3月 7日 (木)

法隆寺 “若草伽藍の溝” 発掘

 法隆寺南端から飛鳥時代の “溝” が出土、「若草伽藍」の南端の可能性が高いと注目されます。
下の写真で、やや斜めに走っている “溝” が問題なんです。と云うのも、今回の発掘は、現法隆寺
のスグ南側で行われ、この一帯は、創建当時の建物である「若草伽藍」の跡と云われています。

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 “溝” の中からは、7世紀前半の瓦が大量に見つかり、文様の特徴から、「若草伽藍」の金堂や
塔のもののようです。日本書紀に、「若草伽藍」は西暦670年に焼失したとの記事があり、“溝”
の中からは、焼けた痕跡のある壁土もあったそうです。尤も、そうした遺物は発掘現場にはなく、
斑鳩町教育委員会の下で洗浄中だと云うことです。(代わりに写真が掲出されていました)

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 問題の “溝” は、正しくは東西方向に向いてなくて、北に対して 20度西に振れているのです。
この傾きが「若草伽藍」の中軸線に対して垂直関係だと云うのです。この “溝” は、幅2mあり、
長さ16mほどが確認されていて、その中で、瓦や焼けた壁土片が沢山見つかったそうです。 

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 法隆寺創建当初の建物とされる「若草伽藍」は、「四天王寺式伽藍配置」と想定されていて、
今回の発掘場所が塔の南側の伽藍の中軸線上にあるため、その南方地域にあたるそうです。
 また、この場所が宅地化されずにあったのは、「亥嶋社」と云う社が祀られ、聖徳太子ゆかりの
土地として顕彰されて来た場所だったからだと云うことです。

P1520468

 そして、たくさんの瓦や焼けた痕跡のある壁土が “溝” の中から発掘されたと云うことからして、
さらに、それが「若草伽藍」の中軸線に直交する形で確認されたことによって、現在の法隆寺が
再建されたものか、非再建のものかと云う論争の決着に有力な史料となるようです。

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 着いたのが14時過ぎだったので、晴天でもあり、方向によっては、立体感が出ませんな。

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 ところで、今回の現地説明会では、“iセンター” で受付、付設の資料館で出土品の展示を見学
したあとで、講堂で係の方からの解説を聞いてから、発掘調査の現場へ向かうと云うスタイルで
した。待ち時間も僅かで、スムースに見学することが出来て、手慣れた感がありました。

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 発掘現場は、法隆寺の南大門のスグ近くでした。“iセンター” 駐車場の一角には、ただの土盛り
だと思っていたのが古墳だったと云う「船塚古墳」がありました。なんと公衆トイレの並びです。

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Photo_20240307232801  JR法隆寺駅から法隆寺までは歩20分
 ですが、小型バスも20分毎にあります。

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 法隆寺参道に「平宗」の店発見、柿の葉寿司を買いました。  
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 【つぶやきPOST】
  ようやく、確定申告を済ませました。テレビを見てる
 と、大枚を手にしても、領収書もなし、納税もなしって
 エエかげんにせぇと思います。開き直るだけなんやね。


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