法隆寺 “若草伽藍の溝” 発掘
法隆寺南端から飛鳥時代の “溝” が出土、「若草伽藍」の南端の可能性が高いと注目されます。
下の写真で、やや斜めに走っている “溝” が問題なんです。と云うのも、今回の発掘は、現法隆寺
のスグ南側で行われ、この一帯は、創建当時の建物である「若草伽藍」の跡と云われています。
“溝” の中からは、7世紀前半の瓦が大量に見つかり、文様の特徴から、「若草伽藍」の金堂や
塔のもののようです。日本書紀に、「若草伽藍」は西暦670年に焼失したとの記事があり、“溝”
の中からは、焼けた痕跡のある壁土もあったそうです。尤も、そうした遺物は発掘現場にはなく、
斑鳩町教育委員会の下で洗浄中だと云うことです。(代わりに写真が掲出されていました)



問題の “溝” は、正しくは東西方向に向いてなくて、北に対して 20度西に振れているのです。
この傾きが「若草伽藍」の中軸線に対して垂直関係だと云うのです。この “溝” は、幅2mあり、
長さ16mほどが確認されていて、その中で、瓦や焼けた壁土片が沢山見つかったそうです。


法隆寺創建当初の建物とされる「若草伽藍」は、「四天王寺式伽藍配置」と想定されていて、
今回の発掘場所が塔の南側の伽藍の中軸線上にあるため、その南方地域にあたるそうです。
また、この場所が宅地化されずにあったのは、「亥嶋社」と云う社が祀られ、聖徳太子ゆかりの
土地として顕彰されて来た場所だったからだと云うことです。
そして、たくさんの瓦や焼けた痕跡のある壁土が “溝” の中から発掘されたと云うことからして、
さらに、それが「若草伽藍」の中軸線に直交する形で確認されたことによって、現在の法隆寺が
再建されたものか、非再建のものかと云う論争の決着に有力な史料となるようです。

着いたのが14時過ぎだったので、晴天でもあり、方向によっては、立体感が出ませんな。
ところで、今回の現地説明会では、“iセンター” で受付、付設の資料館で出土品の展示を見学
したあとで、講堂で係の方からの解説を聞いてから、発掘調査の現場へ向かうと云うスタイルで
した。待ち時間も僅かで、スムースに見学することが出来て、手慣れた感がありました。

発掘現場は、法隆寺の南大門のスグ近くでした。“iセンター” 駐車場の一角には、ただの土盛り
だと思っていたのが古墳だったと云う「船塚古墳」がありました。なんと公衆トイレの並びです。

JR法隆寺駅から法隆寺までは歩20分
ですが、小型バスも20分毎にあります。
(2024/3/3撮影)
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法隆寺参道に「平宗」の店発見、柿の葉寿司を買いました。
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【つぶやきPOST】
ようやく、確定申告を済ませました。テレビを見てる
と、大枚を手にしても、領収書もなし、納税もなしって
エエかげんにせぇと思います。開き直るだけなんやね。
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