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2024年2月22日 (木)

毛馬の閘門

 水位差のある川を二つの扉で仕切り、その中に船を入れて扉を閉め、その中の水位を船が出て
いく方の水位と同じしてやれば、船の通航が可能になります。この水位を調整する施設が “閘門
(こうもん)” です。
 大阪市都島区の「毛馬(けま)第一閘門」は、明治29(1896)年に着工された、日本初の大規模
河川改修工事となった淀川改修工事のなかで、淀川の舟運を守るために作られたものです。

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 「毛馬第一閘門」は、大阪港に流れ込んでいた淀川を支流であった中津川に付替えるのに合わ
せて、明治35(1902)年に着工され、明治40(1907)年に完成しています。

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 閘室(閘門の扉と扉の間)の側壁には、「係船環」が残されています。水位によって船をつなぐ
環の位置が変わるので、高いところと低いところに設けられているそうです。

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      毛馬の閘門へは、大阪駅前~守口車庫の市バスで毛馬橋下車が近いですが、
     大阪メトロの天神橋6丁目駅東改札から北へ堤防に突き当たるまで15分です。

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 今は埋め立てられて公園化されていますが、かつては、ここに水が入って、船が通航していた
んですね。この閘門の扉、あのレオナルド・ダビンチが考案したと云う “マイターゲート” と呼
ばれる観音開きの型式ですが、現在の毛馬閘門は、“ローラーゲート” と云い、扉が上下に動くよ
うになっていて、水圧が掛かっている時でも、ゲートの開閉が容易なんだそうです。

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 第一閘門の隣には、かつての「毛馬洗堰(あらいぜき)」の遺構も3門だけ残されています。

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 在りし日の毛馬洗堰の姿のレリーフ板の隣には、毛馬に洗堰と閘門を設ける案を提出し、オラ
ンダ人デ・レーケの計画をもとに、大胆な淀川改修計画を推進した土木技師沖野忠雄の胸像があ
りました。

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 なお、毛馬第一閘門の完成後に行われた大川(旧淀川)の浚渫工事によって、大川の水位が大幅
に低下したため、大正7(1918)年に毛馬第二閘門が設けられ、水位調節は第二閘門の役割れとな
り、第一閘門は高水時に閉鎖して洪水を防ぐ役割を担うだけになったとのことです。

 その第二閘門も、現在使われている毛馬閘門の完成に伴って、昭和51(1976)年に廃止された
のですが、現役当時の姿を保った状態で保存され、河川管理用船舶の係留基地になっています。
直には辿り着けないのですが、毛馬橋から見ると、砂利船が係留されている奥の左手です。

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 ここ毛馬の閘門は、近代化遺産「淀川旧分流施設」として重要文化財にしていされていますが、
公園として公開されており、桜の季節には、花見で賑わうそうです。次回は、毛馬排水機場です。

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