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2023年8月 3日 (木)

大和川分水築留掛かり

 付け替え(川違え)前の旧大和川の河床に造られた灌漑(かんがい)用水路が長瀬川と玉串川です。
今度は、「築留三番樋(つきどめさんばんひ)」からの流れに沿って、下ってみることにしました。
三番樋は、新大和橋と近鉄道明寺線の大和川橋梁との間に取水口がありました。ここも、はじめ
は、一旦築いた付け替え堤防(築留)を切り崩して、土手や木材で工作したんだそうです。

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 煉瓦造の築留二番樋に比べ三番樋は、かなり簡素な造りに思えます。ここも二番樋に続いて
大和川切替えの翌年、宝永2(1705)年に設けられたそうです。切替後にできた新田への農業用
水のために、渇水期の大和川では半分近い流水を取り込む必要があったとのことです。

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 三番樋の可愛らしいモニュメントがありましたが、西日を受ける説明板は劣化して真っ白。

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 柏原市上市の水路沿いで見た現役の郵便ポスト。赤と云うよりさび色に近いオレンジでした。
なんとも年季が入っていて、痛々しくも頑張ってる姿に頭が下がります。

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 二番樋からの水と三番樋からの水が合流するところ、落合と云い、ここから先は、川幅が10間
(18m)あるところから「十間井路(いじ)」と呼ばれます。この先の二俣(ふたまた)で西用水井路
(長瀬川)と東用水井路(玉串川)に分流していました。

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 二つの井路川が合流した先で、JR大和路線の線路下をくぐります。このあたりの旧大和川は、
川幅が200mもあったとのことなので、この辺は、旧河道の中だったんでしょうね。


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 上市老人憩いの家の近くで小さめのダンジリが休憩中でした。傍らには「築留地蔵尊」が祀ら
れ、“築留(つきどめ)”と云う古い地名の扁額が掲げられていました。

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 “十間水路”となった先は「長瀬川」です。「久宝寺川」とも呼ばれますが、旧大和川の本流と
云うことです。面々と水の管理を担ってきた、旧75村からなる「築留樋組」による維持管理が
現在も「築留土地改良区」によって継承されてきているようです。

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 大和川の付け替え工事は、川下となる堺側から進められ、ほぼ、川底を掘らずに堤防を築い
ていき、最後に旧流路の方に堤防を築いて締め切った(築留)ので、僅か8ヶ月と云う短期間で
竣工したんだそうです。

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 柏原(かしわら)駅前近くの長瀬川沿いには、“アクアロード柏原”と名付けられた沿道が整備さ
れていました。大和川付替えの歴史と、今に続く非農家を含む活動も大和川分水築留掛かり」
の一環として、“世界かんがい施設遺産” の評価を受けたんだそうです。

P1440186
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     左図の右下あたりが大和川の付け替え
 地点「築留」です。その先で、長瀬川と
 玉串川が分岐するのが、今も維持されて
 いる「二俣分水点」です。
  現在、長瀬川も玉串川も、その先では、
 第2寝屋川から寝屋川を経て大川(旧淀川)
 に注いでいます。  
                        

  鴻池新田会所での見聞で興味をそそら
 れた大和川の付け替えとその跡地の様子
 を2回に分けて見てきました。暑かった。


(八尾市役所HP/旧大和川を復元より引用/加筆) クリックすると拡大します。        
                  

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