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2023年7月13日 (木)

「世界かんがい施設遺産」の1つ

 実は、全く知らなかったんですが、「世界かんがい施設遺産」と云うのがあるんです。これ、
昭和50(1950)年にインドで設立された国際かんがい排水委員会(ICID)が中心になって創設さ
れた制度だそうです。建設から100年以上を経た歴史的・技術的・社会的価値のあるかんがい
施設を登録・表彰するもので、既に世界17ヶ国の142施設、国内でも47もの施設が登録されて
いるそうです。最近、その1つが身近にあることを知りました。

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 現在は、奈良から“亀の瀬”を経て大阪府域に入っても、ほぼまっすぐ西に向かって大阪湾に
注いでいる「大和(やまと)川」は、300年も昔に大幅な流路の付け替えが行われたんだそうです。
その痕跡は、河内平野のアチコチに残されていて、先日、その1つ「大和川分水築留掛かり」と
呼ばれる施設が「世界かんがい施設遺産」に登録(2018年)されていることを知りました。

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 この地の「世界かんがい施設遺産」は、大和川の分水築留掛かり(ぶんすいつきどめかかり)
と呼ばれるもので、宝永2(1705)年、大和川“付け替え”にともなって共用が開始された2つの
用水井路(現在の長瀬川と玉串川)がそれです。そして、その2つの井路の分岐点が二俣分水点
と云うわけです。大和川旧流路一帯のかんがいのための用水井路が二又に分かれる地点です。

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  付け替え前の大和川は、石川との
 合流地点から、北方向に分流して、
 寝屋川に合流したのち天満橋付近で
 旧淀川に繋がっていたのです。

  河内平野は洪水多発の低湿地帯で
 したが、流路変更(川違え)によって
 多くの新田が開墾され、河内木綿の
 一大産地にもなったんだそうです。
 (左図は大阪府のHPより抜粋/加筆)



  旧大和川を締め切った地点(築留)に水門を築いて、かんがい用水を取り入れたのが玉串川と
 長瀬川の2つの井路川(いじがわ)であり、ほぼ旧大和川と云えます。(赤点線が現在の大和川)

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 上の写真は、現在の長瀬川。旧大和川の“本流”とも呼ばれ、水路の両岸は歩道や道路になって
いて、所々にある合流桝の付近では、黒々とした鯉が群れていて、その迫力にビックリ。

P1420609

 二俣分水点で分流する玉串川(左)と長瀬川。かつては、水の配分争いを避けるため、75箇村
の「築留樋組」と云う組織が4,000ヘクタールもの農地を管理してきた歴史があるそうです。

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