友ヶ島 探訪
思い立って、和歌山市の加太(かだ)沖に浮かぶ「友ヶ島」へ行くことにしました。以前iに、
友ヶ島を臨む加太側の要塞跡を訪ねたことはあるのですが、友ヶ島へは初訪です。
今回も、フィリピン付近の台風の影響で、晴れていても船が欠航する可能性があるとかで、
ちょっとヤキモキしましたが、当日朝に平常運行が告知されました。“まいまい京都”の現地
集合ツアーに参加して、10:30に加太駅集合、駅から歩いて20分の加太漁港から出港です。

友ヶ島汽船は、前日予約不可で先着100名ごとの乗船ですが、多客時は、臨時便を増発して
30分毎に加太港を出港するそうです。友ヶ島の野奈浦桟橋まで20分ぐらいでした。


少しうねりがあるようで、船底をたたく波音が続いていました。「友ヶ島」は、和歌山市と
淡路島の間の紀淡海峡に浮かぶ、地ノ島・虎島・神島・沖ノ島と連なる4つの島の総称です。
(和歌山市/友ヶ島散策マップより抜粋)

この日、今も稼働中の友ヶ島灯台(明治5年建造)が一般公開されていましたが、我々の灯台
到着時には、公開終了時刻を過ぎてしまっている見込みです。

友ヶ島の沖ノ島に上陸。崩落の危険があるらしく、地図の左半分には行けないようです。
ただ、この地図は北が下方向に描かれていて、ちょっと勘狂いましたよ。
一応は団体なので、円陣で注意と説明を聞きます。台湾リスが繁殖していて、リスが食べた
後の松ぼっくりと、食べてない松ぼっくりが回覧されました。きれいに食べるもやなぁ。松林に
は「春ゼミ」だと云う、あまりセミらしくない濁声?が響き渡っていました。ぎゅおん、ぎゅおん。

船が去った桟橋は、寂しいような静かな光景です。昔は、海水浴場にもなっていたそうです。
発電所跡。明治時代から第二次大戦まで、友ヶ島は、「由良要塞」として使用されたそうで、
600人の兵隊が駐屯していたそうです。今回のコースは、レトロな雰囲気の砲台跡や兵器庫跡
などを巡ります。2002年までは、船を含めて、南海電鉄系の観光施設もあったそうです。


左の建物は、横一列の男子トイレ跡。
ウバメガシの葉は、葉裏の葉脈がくっきりしているのが特徴。成木は、紀州備長炭の材料に
なると云う。右の植物は、葉っぱが直接生えているような感じに生育するとかの話しを聞きな
がら、ちょっとシンドイ坂道を上ります。

木々に埋もれそうな、かつての送電線を支えた電柱。かつては、黒く塗ってあったらしい。
あちこちに残されている塹壕の跡。こんなので、大丈夫やったんかいな。
友ヶ島要塞の将校宿舎跡。純日本式の間取りで、当時の将校たちの憩いの場であったそうな。


木々に囲まれたトンネルを抜けると、第3砲台跡です。“ラピュタの世界”と云われるようです。

この島は、ガイドツアーでないと、なかなか面白みが感じられないように思いました。続く。
クリックといいね💛を宜しくお願いします (2023/5/28訪問)
にほんブログ村
« めでたい電車「さち」 | トップページ | 友ヶ島探訪 ② »
「歴史・遺跡・現説」カテゴリの記事
- 「物集女車塚古墳」② 石室へ潜入(2026.08.03)
- 「物集女車塚古墳」の石室へ ①(2026.07.30)
- “美形”「市尾墓山古墳」の石室へ(2026.05.25)
- 世界遺産/百舌鳥「長塚古墳」に上ってきた(2026.03.23)
- あの「箸墓古墳」で二つ目の “渡り土堤”(2026.02.23)


コメント