兵庫津に「初代県庁館」
バルサンに追われて、ちょっとの時間、昼飯を求めて外出。寝屋川市駅前の図書館にでも
行くつもりでしたが、途中で気が変わって、神戸三宮に出て、花時計前駅からのガラガラの
新長田行き地下鉄に乗り、中央市場前駅に降りました。サンチカは、さすがの人出でしたが、
そこ以外は、極力、閑散ルートの空いた電車を選択しましたよ。当然です。

地下鉄中央市場前から歩5分、兵庫県立兵庫津(ひょうごのつ)ミュージアムの「初代県庁館」
に到着です。隣接する「ひょうごはじまり館」は、まだ建設中で、今年度下期に開館予定とか。
初代県庁の正面入口、長屋門。明治期の本「神戸覧古」に門と土塀が描かれていた由です。
それ以外には、直接的な史料がなく、想像に近い“再現”らしい。
初代県庁舎の玄関には、この建物の来歴の解説板が展示されていました。慶応4(1868)年の
兵庫県誕生時に県庁が置かれたのは、旧大坂町奉行所の兵庫勤番所の建物を復元したそうです。




奥の知事執務室。兵庫県の初代知事は、あの伊藤博文だと云う。知らんかったなぁ。
何でも、神戸三宮神社前で、備前藩兵が隊列を横切ったフランス水兵を負傷させ、銃撃戦に
なって、一時、神戸中心部が軍事占拠されたそうで、「神戸事件」と呼ばれるそうです。
その時点では、諸外国に対して、徳川幕府から明治新政府への政権移譲を宣言できておらず、
微妙な時期だと云えます。その際、交渉に当たったのが伊藤俊輔で、優れた判断力や語学力を
買われて、26歳で初代兵庫県知事になったのが、のちの伊藤博文です。
なお、事件収拾にあたっては、列強外交官列席のもとで、備前藩の兵法隊長、滝善三郎正信
の切腹が強行されたそうです。しかし、この犠牲によって、神戸が理不尽な植民地になるのを
回避することが出来たんだとも云われています。(ボランティアガイドさんの説明より)


知事執務室の奥には、風呂も再現されていました。また、吟味場(お白洲)もです。

再現には、趣きの乏しい庭園ですが、この再現が他の類似の建物を参考にしているそうで、
致し方ないことですね。この日、“コスプレ”撮影会も行われていて、目がチラチラしました。
「初代県庁館」には、他にも木造の建物が再現されていました。次回に続きます。
クリックといいね💛を宜しくお願いします (2022/7/30訪問)
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