« 大塩の乱と鴻池屋(史跡ハイク)③ | トップページ | 尼崎運河に残る “跳ね橋” »

2022年6月27日 (月)

行ってきました「尼崎運河」

 6/4(日)午後、「みんなの尼崎大学」のイベントに参加して「尼崎運河」を巡りました。
尼崎運河の整備は、50年ほど前、尼崎を阪神工業地帯の中核的存在として発展させるととも
に、低い土地が続く南部の臨海地域を守る “閘門式防潮システム”の一環としての役割も果た
してきたんだそうです。(下図は国土地理院地図航空写真閲覧サービス/ウィキペディアより)

1024px20060607_amagasaki_unga

P1280402 P1280397

 集合場所の「北堀キャナルベース」へは、阪神電車尼崎センタープール前駅から歩15分。
さっそく、武庫川渡船の船に乗せてもらって「尼崎運河」の探検に出発です。

P1280406
P1280421

 この工場の鋼線が、明石海峡大橋
の建設に使われたんだそうです。
P1280417P1280419

 このエリアには、かつて大規模な火力発電所が稼働していました。その名残の送電網。

P1280435
         P1280538
P1280529
P1280441

 船体を大きく傾けながら、砂利運搬船が積荷を降ろしているところは、大迫力でした。

P1280450
   Hpmap

 その東向いには “尼ロック” と通称される「閘門(こうもん)式防潮堤」があり、外洋との間に
Wの水門を設けて、船の通航が出来るようになっていました。四六時中、船の航行が監視され
ていて、外洋と運河を行き来する船は、青信号に従って閘門に入り、水位調整してから奥の
水門を開けてもらい、外洋に出てゆく仕組みです。毛馬閘門やパナマ運河と同じ仕組みです。

P1280463
P1280460
P1280462

 我々の船が赤信号の手前をウロウロしていると、「青信号のゲートに入れ」との放送が聞
こえてきました。外洋には出る予定はないので、パスでしたがね。(後上は 阪神高速湾岸線)

P1280470

 この「尼ロック」の内側は、広場のようになった静水域でした。海風が心地よい。尼崎の
方々は、“こうもん(閘門)” の語呂を嫌って、カッコよく「尼ロック」と名付けたんだとか。

P1280465

 「みんなの尼崎大学」は、まち全体を大学に見立てて人と地域が出会うプロジェクトです
が、同市民でなくても参加可能でした。多分、もう 1~2 回続きます。

にほんブログ村 旅行ブログ ぶらり旅へ クリックといいね💛を宜しくお願いします (2022/6/4撮影) ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

« 大塩の乱と鴻池屋(史跡ハイク)③ | トップページ | 尼崎運河に残る “跳ね橋” »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 大塩の乱と鴻池屋(史跡ハイク)③ | トップページ | 尼崎運河に残る “跳ね橋” »

無料ブログはココログ
フォト
2026年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

最近のトラックバック

ウェブページ