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2022年4月14日 (木)

南山城「井手」をぶら歩き

 参道を、地蔵禅院よこから更に急な階段をあがったところに、玉津岡神社が坐します。

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 この神社は、何でも蛙(かわず)です。古来より歌に詠まれた美声のカジカガエルですな。 

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 天平時代に橘氏が建立したと伝わる「井堤寺(いででら)」とともに、風格を感じさせますなぁ。

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    さて、下りは別ルートで。山裾の桜を見ながら2つの断崖を歩きます。滑りそう。

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        ひとつ目の断崖を下ると、また平坦な高台が広がっていました。

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 近年、井手町庁舎の新築工事に伴う埋蔵物調査で五重塔跡が発見されて、史料が少なかった
「井堤寺(いででら)跡」の様子が分ってきたそうです。奈良時代中期に、聖武天皇を支えて活
躍した橘諸兄(たちばなのもろえ)は、井手が本拠地で「井手の左大臣」と称され、聖武天皇が
恭仁京(くにきょう)に遷都したのも、橘諸兄(たちばなのもろえ)の本拠地に近かったからとか。

 井手の地には井堤寺(井手寺)が造営され、後には、鎮守の社が平安京の梅宮大社として移転
して行ったそうな。また、井手は、玉川沿いの山吹と美しい鳴き声の蛙(カジカガエル)で知ら
れ、歌枕としても名高かく、その山吹は、橘諸兄が植えたものと伝えられています。
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 「井堤寺故址」。平成13(2001)年に確認された7基の柱穴は、一辺が1mの四角形で、10尺
(3m)の間隔で一列に並んでいたそうな。ここ井手の地には、橘諸兄が橘氏の繁栄を願って建立
した井堤寺があったと伝承され、これらの柱穴は、その建物の遺構だと考えられています。

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 その先で、二つ目の断崖を下ります。下にも住宅が広がっていました。
        
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 断崖の下にある「蛙塚」。竹藪の中から、こんこんと清水が湧いています。危険個所かも。
やはり、ここもカジカガエルですが、南山城水害の後は、その姿を見ないそうです。

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 玉水駅ホームに水難記念と置かれた6tの巨石。昭和28(1953)年の南山城水害で、500m先の
天井川、玉川から押し流されて来た由。
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 今回の玉水駅からの“桜ピクニック”は、まいまい京都のてくてくツアーに参加したものでした。
京都旅屋の吉村晋弥さんがガイドで、道中聞く逸話の数々も楽しいモノでした。雨でしたが。
        
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   なんと、この翌日は、カラっと晴れて、花見にも絶好の日和でした。恨めしい・・・。

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