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2022年4月17日 (日)

“鉄分補給” 水島臨海鉄道

 四国の行き帰りに、気にはなっていたのが、倉敷駅から延びている「水島臨海鉄道」です。
でも、岡山から倉敷へ回るのが億劫で、中々機会がありませんでした。
 四国から仕事帰りの特急から、せわしなく在来線電車に乗り継いで、倉敷駅に着いたのが
もう 17:32でした。次の “りんてつ” は、17:37に発車です。乗換えの時間に余裕がないし、
初めての者には、“りんてつ” の乗場がちょっと分り辛い。大体、1時間に1~2本の運転。

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 あと1分ほどで発車すると云うので、取り敢えず車両の前後を撮って飛び乗りました。
退勤時間帯ゆえか、思いのほか乗客が多くて、キハ37-101とキハ38-104、2両編成の
長~いロングシートは、ほぼ満席でした。キハなので、電車ではなく、気動車ですね。

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 水島臨海鉄道は、昭和18(1943)年に旧三菱水島航空機製造所の専用鉄道として敷設された
のが発端で、当初の運行は、国鉄によって行われ、三菱重工関連の専用列車だったそうです。
 戦後、三菱関連以外の利用も可能になり、「倉敷市営鉄道」となった時期があったものの、
昭和45(1970)年には「水島臨海鉄道」として新発足しています。現在は、貨物輸送とともに
一般旅客輸送(倉敷市~三菱自工前)も行っている珍しい臨海鉄道です。(港東線は貨物専用)

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 ちょっ変わっているなと思ったのですが、2両編成なのに、ワンマンではなく、ちゃんと
車掌さんが乗務されていたことです。そして駅によって最寄りの出口に移動してきて、ドア
の開閉操作をされていました。車外に出て切符を回収するためのようです。もちろん、切符
の販売も車掌の仕事。前のドア付近にいたら、「恐れ入りますが」と移動を促されました。

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 駅間距離が近いからか、超スローな運転で高架を進み、終点の「三菱自工前」が近くなると、
乗客は減る一方。水島駅でほぼガラガラ。車内には “鉄分”多めの人だけが残った感じでした。

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 終点「三菱自工前」に到着。多くの工場群の中に、ポツンと取り残されたような場所です。
列車は、そのまま折り返すのではなく、先の工場群の方に引き上げて行きました。夕陽に埋
まるその先には、倉敷貨物ターミナルがあり、周辺に車両基地もあって、そこで、折り返して
くるようです。なんか、無駄な感じもしますが、保安システムの設定ゆえだとか。

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 ちょっとだけ、周囲を歩いてみました。どっちを見ても、工場ばかりです。

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 並走道路に降りてから見た“りんてつ” のホーム。この時ホームに居たのは、10人ほど。

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 13分後の倉敷市行き。乗り込んだのは、ほとんどが、“鉄分補給” と思しき人達でした。

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 復路は、後方展望です。左手が、貨物専用の「港東線」、右手が「三菱自工前」方面です。

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 往路では、未だ高かった夕陽ですが、この時は、日没寸前でした。そこそこの数の退勤客。

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 車内に備えられていた “鉄カード” と車掌さんから買った乗車券。

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 倉敷市駅到着。2両での運行は、ラッシュ時のみ。他は、1両でのワンマン運転らしい。

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 JR倉敷駅のホームから、“りんてつ” ホームがよく見えました。 

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 記念に「マンホール蓋1日周遊切符」を求めました。そして、岡山駅の駅弁「祭すし」が
売り切れだったので、「こが~な え~もん ぎょ~さん 岡山弁当」を買って、“さくら” 車内
で腹を満たしました。割と「祭すし」に近い部分もありましたが、量が多めでしたよ。

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 今回は、仕事のついでなので、全て “コンデジ” での撮影です。なお、水島臨海鉄道では、
旧国鉄キハ205気動車を保存し、キハ37やキハ38との連結運転をも計画しているそうです。
エンジンの整備や塗色復元が進められているようなので、期待しているところです。

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鉄道・廃線遺構」カテゴリの記事

コメント

久しぶりにコメントします。
水島臨海鉄道、懐かしいです。とは言え、3年前に乗ったばかりなので、そんなに懐かしがる必要ないのですが、全線完乗したのが1986年でした。水島駅付近が高架になる前でした。JRがまだ国鉄の時代、水島臨海鉄道には国鉄色の車両が走っていたと思います。書かれたように、今も国鉄色のキハがあるそうですが、遭遇されませんでしたか。

三菱自工前は殺風景なところですね。まあ工業地帯にある駅だから、仕方ないのですが。単線なのに貨物ターミナルまで行って返ってくるのは、閉塞区間になっていて、貨物ターミナルまで行かないと、解除にならないからだと思います。それにしても鉄道ファンが多かったのですね。私が行った時は、三菱自工前から乗ったのは勤め帰りの会社員ばかりだったと思います。もっともマイカー通勤がほとんどのようで、17時を過ぎた発車なのに10人もいませんでした。

倉敷市という大きま町で、工業地帯とを結んでおり、それなりの乗車人員がありそうですね。貨物も輸送しているので、比較的安泰な鉄道なのでしょう。先日JR西日本が発表した、赤字路線のデータでは、芸備線のある区間が100円稼ぐのに26000円かかるとなっていました。びっくりの数値です。廃線確実だと思います。

鉄道に乗れずになって、2年以上経ちました。こうなると、仕事ついでではなく、じっくりと鉄道の旅を味わってみたい、そのような日がくればいいのになと思います。

貴重な写真をありがとうございました。

こってうしさん、ありがとうございます。

 「りんてつ」は、以前、こってうしさんが推奨されていたのがキッカケで、
四国を行くたびに気になっていました。今回、岡山での乗り継ぎに3分、倉敷での
乗換えも5分しかないスケジュールで計画しました。
 17:11岡山着の“しおかぜ”は、しばしば遅れることがあるので、乗り継げなかったら、
計画を中止する段取りでしたが、何とか間に合いました。

 国鉄色のキハには会いませんでした。また、夕方の“ラッシュ時”だったからか、
意外と乗ってるなぁと思いました。でも、旅客だけだと厳しいのでしょうね。
高架のホームからの夕景は、いい思い出になりました。

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