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2022年3月 3日 (木)

「豊臣大坂城」の石垣? ②

 この “京阪東口” 交差点の左手には、昭和38(1963)年の淀屋橋延伸まで、京阪電車の終点、
天満橋駅の降車口があり、隣接したロータリーを難波方面行きの市バスが頻発していました。
その中には、進駐軍払下げの“トレーラーバス”もあり、北河内育ちの南太郎は、その長大さに
目を丸くしながら、高麗橋(北浜近く)の三越まで排気ガスの臭いを我慢させられた・・・ような、
うっすらとした記憶が残っています。昭和30年ごろのことです。

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 旧日経新聞大阪本社ビル跡地は、再開発で「大手前1丁目プロジェクト」が進行中でしたが、
その足許の寝屋川に面したところでも「豊臣大坂城」の遺構(☆3)を見ることが出来ました。

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 その石垣が見える対岸の「京橋」のたもとには、「京橋川魚市場跡」の碑もありました。
大阪の魚市場は「雑魚場市場」が著名ですが、他に、木津や天満の市場でも海魚を扱ってい
て、「京橋川魚市場」も幕府公認の独占的な市場であったと云うことです。

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 その「京橋」は、大坂城から京街道へ向かう橋と云う意味で、JRなどの京橋駅とは随分と離
れています。左に高架歩道橋「大坂橋」、右に「京橋」が隣り合っていました。大川(旧淀川)
と寝屋川が合流するここが、大坂城の城北の総堀に見立てられていたようです。

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 高架歩道橋「大坂橋」から「京橋」を俯瞰すると、OBPの高層ビル群と大阪城も一望で
きます。下の流れは、寝屋川で、寝屋川水系の唯一の出口として、旧淀川に注いでいます。
       
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 そして、現在は廃墟と化している旧陸軍砲兵工廠の化学分析場の建屋が直近に見えます。
ちょっとではない、怖いような感じがしますなぁ。

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 振り返って、西北の天満橋側を展望すると、京阪電車が地下線へ入ろうとしていました。

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 歩道橋の上に佇んでいると、風が冷たくて敵いません。早くOMMのサテンで一服しよっ。

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歴史・遺跡・現説」カテゴリの記事

コメント

こんにちは!
大阪城は一度訪れてみたいお城です。
秀吉は好きではありませんが、この巨大な城は夢がありますね。
40年位前に、一度大阪で研修があったので大阪城のすぐ傍にあったビジネスホテルに泊まったのですが、忙しくてお城を見学する時間はありませんでした。
カメラを片手に訪れてみたいものです。

そういえば、大阪城内は野鳥の宝庫だと聞いたことがあります。
春には渡り鳥狙いの鳥撮り達が、大勢大砲を抱えて並ぶのでは?

FUJIKAZEさん、こんばんは。

 現在の大阪城は、昭和初期に市民の寄付などで再興されたもので、外観は豊臣大坂城を模して
いるものの、鉄筋コンクリート造りの博物館になっていて、エレベータもあります。

 野鳥が多いのは、大阪城公園の桃園や市民の森あたりでしょうか。あまり行かないのですがね。
また、城域周辺には、陸軍砲兵工廠があったと云うことで、その方面の遺構が多く見られます。
それらも含めて、歴史をたどるとともに、上町台地の突端と断崖地形を巡るのも一興です。

 

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