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2022年2月17日 (木)

一休寺近くに “能” の聖地?

 久しぶりの一休寺酬恩庵でしたが、帰りのバスまで小一時間あるので、周辺を巡ってみました。
とは云え、歩20分のJR京田辺駅へ出れば、15分おきに大阪/京橋方面への電車があります。

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                                                                               (一休寺総門横の案内板に書き込み)      

 一休寺門前に「能楽発祥の碑」の案内石柱。禅師は、能楽にも造詣が深かったそうです。
 
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 100mほど先にみえた 薪(たきぎ)神社。左の常夜灯に「振氏」とあるのが気になります。
渡来系と云われる「振氏」は、鹿児島や奄美にその名が多く、隣の大住地区に伝承されてい
る「隼人舞」と重なって、興味が募ります。

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 正面の小社は、猿田彦との文字がかろうじて読めるが、道祖神としての鎮座らしい。

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 左手の二の鳥居の奥が薪神社の割拝殿。その奥に本殿がありました。

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 右手に戻り、さっきの猿田彦の小社の右隣にあるのが「能楽発祥地の碑」です。

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 「能楽は薪能、即ち金春能に始まり、次に宝生能、観世能は大住に、金剛能は大和に発祥した」
と、志賀 剛 先生(式内社の研究者)が大上段に断定されてますが、どんなもんかいな。

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 一休寺の総門前まで戻ってくると、向いに「薪能金春芝(たきぎのう こんぱるしば)跡」の
碑がありました。この付近で、金春禅竹が猿楽の能を演じ、交流のあった一休禅師に見せたと
伝えられています。応仁の乱で、一休禅師が薪村の酬恩庵に難を避けていたころ、金春禅竹も
薪の多福庵に居たらしい。禅竹は、世阿弥の娘婿で、やがて金春流を興すのですが、一休禅師
も禅竹の影響を受けたそうで、謡曲「山姥」と「江口」は、一休禅師の作と伝わっている由。

 さっきの「能楽発祥の碑」で、「能楽は薪能、即ち金春能に始まり」とあるのは、一休禅師
がこの薪村で見せてもらった“能”がそうだったんでしょうな。

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      さて、バスの時刻が近づいてきました。畑の中の停留所へ急ぎます。

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