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2022年2月28日 (月)

「豊臣大坂城」の石垣?

 現在の、と云うよりも前に、徳川大坂城は、豊臣大坂城を壊して築城されたものと云います。
その「豊臣大坂城」の石垣の遺構(移築復元)を見ながら、“京阪東口” をぶらり歩きです。

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 ここは「ドーンセンター」の一画です。平成元(1089)年のビル建設に伴う発掘調査で発見
された豊臣時代大坂城三の丸の石垣を移築、発見時の姿に復元したものだそうです。(☆1)

 大阪府立男女共同参画・青少年センターとして建設された施設でしたが、今は、財団法人に
改組されています。“ドーンセンター” は愛称で「ドーンと行こう」のドーンだそうです。

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      “ドーンセンター” から少し南へゆるい坂をのぼると、大阪城の堀端です。
  
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 傍らの歩道橋から北側を振り返ります。追手門学院の先の突き当りが「京阪東口」です。

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 追手門(おうてもん)学院は、旧陸軍関連の大阪偕行社に由来する教育機関で、戦後、大手前
学園として新発足し、直後に追手門学院に改称した由。大阪城正門を大手門と呼び、追手門は、
その旧表記だと云うことです。

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 追手門学院小学校の建物の中にも、「豊臣大坂城」の遺構が残されています。

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 同校敷地内の発掘調査で発見された「豊臣大坂城」の石垣が “おうてもん石垣ギャラリー”
として展示されていました。外からガラス越しに覗けるのですが、中が暗いので、反射でよく
見えません。人が覗き込んだら、内部の照明が点灯するようにしてもらえないもんでしょうか。

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 石垣は、生駒山系や六甲山系の花崗岩が用いられ、自然石の形を利用した“野面積み”と云う
積み方になっていて、現在の大阪城の直線的に整った石垣とは趣が異なります。(説明板より)
ガラスの反射を少なくしようと上着で覆ったのですが、裏地の模様が反射してしまいました。

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  今回は、星印の(1)と(2)を掲載しました。京阪天満橋駅から歩10分弱のところです。

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