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2021年12月20日 (月)

びわ湖疏水 ① インクライン

      先月、大津観光協会のツアーに参加して「琵琶湖疏水」を遡上してきました。
     京都地下鉄の蹴上駅から歩5分、日向大神宮参道を上がった先は、蹴上インク
     ラインの上端にあたります。疏水船には、その近くから乗り込むらしい。

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 大神宮の参道が疏水を越えるところ、左手に「蹴上インクライン」の遺構がありました。 

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 インクラインの台車に船を載せるため、端っこは、水中に沈めたんだそうです。なるへそ。

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 蹴上インクラインは、明治23(1890)年竣工の、琵琶湖疏水を利用して大津側から来た運輸船
を “ケーブルカー”に積み込んで急坂を昇降する複線の傾斜鉄道です。南禅寺船溜まりと蹴上
の船溜まりの間、36mの高低差を克服するために考え出されたもの。平成8(1996)年に国の
史跡、同19(2007)年には近代化産業遺産に指定されています。

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 このインクライン、水車動力で巻揚げドラムを回す計画でしたが、蹴上水力発電所の完成に
より、電力に設計変更されました。また、インクラインの軌道整備には、疏水トンネルの開削
で発生した土砂が活用されたとのことです。よう考えられた事業だったんですな。

 今は運用されていない、かつてのインクラインの軌道跡は、桜の名所としても著名です。

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   疏水からの分流は、“越流堤”のような構造や、仕切桝のような構造になっていました。

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 ここは、蹴上水力発電所への取水口で、現在も現役だそうで、大きな水門がありました。 
       
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 片手に設計図を持つ若き主任技師、田邊朔郎の像。卒論に「琵琶湖疏水工事の計画」を選
び、卒業と同時に京都府に奉職、23才で疏水建設の工事責任者になり、28才のとき、工事を
完成ささせています。疏水建設に関連する一連の活躍により、東京遷都で寂れかけた京都の
復興を支えたと云う訳です。

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         大神宮の参道まで、戻ってきました。いよいよ、疏水船です。

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 このあと、疏水船でびわ湖疏水を遡上しました。紅葉には早かったけど、少し寒かったです。

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歴史・遺跡・現説」カテゴリの記事

コメント

こんばんは!
よく滋賀県の人が、京都や大阪府民から馬鹿にされた際に「琵琶湖の水止めたろか」と言うのは、この水門のことでしょうか?(笑)

FUJIKAZEさん、こんばんは!

 ハハハ。大阪の人間は兎も角、京都人とは、そういう話しになるようですね。
でも結局、びわ湖から流出する川は、1つきりなので、瀬田川を閉めると、びわ湖の
沿岸が水没するのですね。
 なので、瀬田川は閉められないのですが、びわ湖疏水は閉めることが出来る構造に
なっているそうです。
 まあ、次回ぐらいに、その関連の記事をUPしています。ご期待ください。

インクラインの線路の片側はあえて水に沈めていたのですね!

ジェニーさん

 大津百町巡りでは、お世話になりました。家内ともども、楽しく歩かせてもらいました。
インクラインの仕組みは、レール上の台車に船を載せたり、降ろしたりするので、レール
の両端は水中に延びていたんだと思います。上端では、巻揚げ滑車も水中に設置されていた
そうです。

なるほど。勉強になります。南太郎さんのブログは写真とコメントがセットなのでとても分かりやすいです。ブログ版ツアーガイドですね!どうぞ奥様にもよろしくお伝えください。良いお年を!

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