旧鉄道トンネル崩落現場
さてさて、些か引っ張りましたが、旧大阪鉄道(国鉄関西線)亀瀬隧道の見学です。この右の
入口を進むと、その旧トンネルへのアプローチで、左の水抜きトンネルと奥で接していました。
レンガ積みのトンネル擁壁が年代を感じさせます。この旧大阪鉄道亀の瀬隧道は、令和2年、
災害遺産として、日本遺産「龍田古道・亀の瀬」の構成要素になっています。
崩落現場に近い部分は、令和元年に発見された後、コンクリを巻いて補強されていました。
ここが昭和7 (1932)年の大規模地すべりにより、変形が進み、ほぼ圧壊したと思われていた
亀が瀬隧道の崩落現場です。令和元(2019)年、排水路トンネルの掘削中に偶々発見されたそう
です。床にマットを敷いて歩きやすくしてありましたが、100mも行かずに、崩落現場に到着。
80年前の遺構と云うわけです。
このトンネル崩落により、当時の国鉄関西線は、大和川対岸に迂回路を建設することになり、
11ヶ月もの間、徒歩連絡区間になっていたそうです。逆に云うと、その期間で、代替ルートの
建設を完了したということですな。すごい突貫工事だったんでしょう。
工期短縮のため、特殊な工法を採用して建設されたのが大和川第4橋梁です。川に直交せず、
斜めに架橋され、短い期間で急遽架けられたものながら、現在も、その上をJR大和路線の電車
が疾走しています。(推奨土木遺産に登録されています)
そして、旧線が走っていた龍田古道沿いには、細長く民家とその跡地が続いていました。
この後、近くにある吊り橋を渡りに行きました。大阪府下では珍しい本格的な吊り橋です。
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