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2021年9月 9日 (木)

#日本遺産 “鉱石の道” ①生野銀山

 8月初旬、まだ、但馬エリアが緊急事態宣言の対象外だった兵庫県養父市での仕事の帰途、
JR和田山駅前にもう1泊して、翌朝、周遊観光バス「鉱石の道」号に乗りました。

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              (鉱石の道推進協のHPより抜粋/翻案)

 夢但馬周遊バス “たじまわる” は、全但バスが運行する期間限定の周遊バスで、但馬観光
協議会の補助金を受けているので、1日 500円で、拠点駅から観光地を効率よく巡ってくれます。
じゃらんでも予約を受付てますが、全但バスへの電話でもOK。ただ、この日の乗客は、1人だけ
でした。路線バスタイプの車両での運行と記されていたのに、新車の大型観光バス。

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     JR和田山駅を9:30に発車、竹田城址のある古城山を遠望しつつ、JR生野駅へ。

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    生野の街を抜けて、市川沿いに山に入に入った先に、史跡「生野銀山」がありました。

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 昭和48(1973)年に閉山した生野銀山の歴史を伝える「史跡生野銀山」の入口は、生野代官所
を模した造りになっていました。平成29(2017)年4月に “日本遺産” の認定を受けた「播但貫く、
銀の馬車道、鉱石の道」の中核的な施設です。(株式会社シルバー生野が運営、入場料 900円)

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 生野銀山では、開坑以来、1,200年の間に、350kmに及ぶ坑道を掘り進み、深さは880mに
もなるそうです。観光用に公開されているこの坑道内は、平均13℃と寒い思いをしました。

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 坑道の途中では、“銀山ボーイズ” の面々がアチコチで昔の姿を再現してくれていました。

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        坑内事務所跡の明壽蔵に貯蔵中の「播州一献」。3年間寝かす由。

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        見学坑道(金香瀬=かながせ=坑道)は、延長1,000mもある。

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 昭和48(1973)年の閉山なので、その頃の設備は、かなり近代的だったそうです。 

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 合掌型と呼ばれる支保工が続く場所もありました。

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 巨大な、立て坑の巻揚げ機。これは昭和4(1929)年に設置されたもの。地下700m地点まで、
坑内員などを乗せて昇降していたとのこと。明治22年に皇室財産、同29年には三菱合資会社
に払い下げられて、設備の近代化が進んだらしい。

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 盆前後に、お仕事が輻輳(ホントかいな?)したため、写真と資料の整理を先送りしていました。
それで、遅くなってしまいましたが、ようやく連載スタートです。多分、数回つづくはずです。

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