“卑弥呼” と出会う博物館
JR阪和線の信太山(しのだやま)駅近くにある、大阪府立弥生文化博物館を訪ねました。
この博物館は、弥生時代の大環濠集落である「池上曽根遺跡」の史跡公園の一画にあり、
“卑弥呼”に会える博物館!と云うのがキャッチフレーズになっているらしいです。
「池上曽根遺跡」は、弥生時代の泉州北部を代表する大環濠集落跡であり、地域の祭祀
の中心であったと考えられていますが、弥生時代後期には規模が小さくなり、やがて長い
眠りについていました。
2,000年後の明治期に、地元の少年が自宅の土塀に石鏃(やじり)を発見したことで目覚
め、第二阪和国道(新26号)建設に伴う発掘調査が行われ、昭和51(1991)年に国の史跡に
指定されたんだそうです。 


弥生文化博物館は、既に開館30周年で、池上曽根遺跡を対象とするだけでなく、弥生文化の
全般をテーマに、重要史料の実物やレプリカ、ジオラマ、映像を分かりやすく展示しています。



弥生後期の土器には、文様が描かれなくなるが、この壺に描
かれているのは龍だそうです。ドラゴン土器と呼ぶらしい。
イイダコを獲るための土器、蛸壺。いまと変わらん手法のよう。
鳥形木製品。腹部に穴があります。羽を付け、棒の先に挿して、
高々と掲げたものだと考えられています。
大型掘立柱建物の南側で発掘された大きな くり抜き井戸(レプリカ)。直径2m超のクスノキ
をくりぬいたもので、発掘時にも水が湧きだしていたと云う。井戸の周囲には、未使用の石斧
やサヌカイトが埋納されていて、地域の祭祀センターであった証左と考えられています。
池上曽根遺跡史跡公園の中央に復元された大型堀立柱建物「いずみの高殿」。床面積135㎡。
右手から、フェンスの中に入れるのですが、この日は雨模様で足許が悪く、断念しました。
(企画展パンフより抜粋)
実は、しおんじやまオンラインのアンケートプレゼントでもらった招待券があったので、
企画展の最終日に訪問しました。雨の中。史跡指定45周年らしく、力の入った展示でした。
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こんにちは!
う~ん、邪馬台国は畿内だったんでしょうかねぇ・・・。
私的には、九州佐賀にあって欲しいのですが。
しかし、このジオラマの男性、髭が生えてませんね。
剃っていたとは思えないのですが・・・。
作った人はそこまで考えなかったのかな。
投稿: FUJIKAZE | 2021年10月 1日 (金) 16時37分
FUJIKAZEさん、細かいご指摘、恐れ入ります。ハハハ
生野や石見の金山や銀山の坑内で、昔の作業の模様を再現していると云う
“銀山ボーイズ” なんかも、キリっとした顔つきのマネキンが多かったです。
邪馬台国に関して、この博物館では、通説を並列して、特定を避けていました。
そういうことよりも、卑弥呼が祭祀を司るものであり、弥生時代の後期に活躍
していて、それは古墳時代の始まりの時代でもあると云うことを中心に展示して、
その時代の生活の痕跡に焦点を合わせている感じです。
展示には卑弥呼が大きく出ていますが、博物館の紀要には、全く見られません。
単なる “客寄せ” 用ではないでしょうか。
投稿: 南太郎 | 2021年10月 3日 (日) 14時45分