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2021年8月16日 (月)

南海/和歌山港線を歩き通し ④

 築地橋駅跡近くで雨宿り中、突然やってきた和歌山港行き電車。2200系のワンマン2両編成。

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 もうすぐ折り返しの電車が戻ってくるはずです。先を急ぎましたが、並行する道路が途切れ、
県道まで出なければなりません。進行方向の信号が黄なので、そんなに余裕はなさそうです。

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 県道に掛かる橋に着くと同時に、電車の音。一時小降りだった雨が強くなってきました。

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        14

 この先では、線路に並行する道路がなく、ところどころで横辻に入ってキョロキョロします。

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 電車と踏切の音が聞こえたので、急いで横辻に入ると、和歌山港行きでした。25分間隔で
運転される時間帯があるんです。その踏切の傍にホーム跡の遺構がありました。久保町駅の
ホーム跡です。その上には、紀の川大橋に続く、取り付け道路の高架が被さっていました。

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 久保町駅跡は、南海電鉄と和歌山県の「県社分界点」になっているそうです。つまり、ここ
から先、和歌山港駅(かつては水軒駅)までの間は、県が第3種鉄道事業者(所有者)だと云う
わけで、南海は、それを借りて運営している第2種鉄道事業者になるんだそうです。

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           廃止3駅は、無人駅で、入場券があったとも思えない
          のですが、水軒駅廃止の際、和歌山市~水軒間の6駅
          分の記念入場硬券セットが発売され、買っていました。

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 県道に戻り、大きな病院の脇を線路に近づくと、折り返しの和歌山市駅行きに間に合いました。
  
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 このカーブの先は、和歌山市駅です。南側へ、市立博物館の方から回って、駅前へ。

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         和歌山港線内を往復する2両のワンマンカーは、ホーム奥の方
        で乗降するようになっていました。1本の線路を途中で分断。
         この日、16:15~18:45の間には、和歌山港線の電車はないの
        で、昼間、到着時に撮影した写真で代替と云うことにします。        
        
        P1180172
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         さて、17:00発の“サザン”で帰ります。混雑を避けるためも
        あって、520円で指定席を張りこみました。HYDEサザン。

        P1180669   
        P1180676
        
        指定券が逆天になってるのに気ぃ付いてない。疲れとったんやな。

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鉄道・廃線遺構」カテゴリの記事

コメント

鉄道シリーズ、特に廃線廃駅遺構ものはどこか悲哀があって、かつ説明が上手いので引き込まれます。
私は1987年に水軒まで乗ったはずですが、終点が寂しい場所のように感じた以外、記憶に残っていませんでした。写真を拝見させていただいて、なんとなく思い出したような気になっています。

和歌山港からは今も南海フェリーが出ているのですね。ただし昔は行先が小松島港だったように思います。

入場券はたしかに売ってないような駅ですね。廃駅するのに合わせて企画したのでしょう。国鉄もやっていたので、私鉄なら当然なのかも知れません。当時どれくらい売れたのか知りませんが、鉄道ファンの多い今ならずいぶん売れたでしょうね。

でも廃線巡りは大変だと思います。今では鉄道趣味の一分野を確立していますが、それなりに調査と準備が必要だと想像します。

素敵な写真と解説をありがとうございました。

こってうしさん、いつも有難うございます。

 1987年に水軒まで乗られていたのですか。当方は、結局、乗れずじまいで、廃止記念の入場券セットを
通信販売で買っただけでした。あの時分、中央官庁発注の、高速データ出力業務が軌道に乗り始めたころ
で、奈良工場で大忙しでした。

 確かに、南海フェリーは、小松島航路でしたね。小松島駅から列車に乗って、竹輪を齧ったことを覚え
ています。そのときは、誰かの結婚式に主賓で招かれたんですが、終宴がいつになるか分からないと云う
人前結婚式で、南海の最終接続を理由に帰ってきたものです。

水軒まで乗った日に、比較的近い多奈川線と加太線にも乗りました。全て初乗りでした。当時和歌山港線は、たしか水軒まで行く列車が1日2本しかなかったと思います。したがって和歌山港線の時刻を優先して計画を立てました。

南海フェリーには乗ったことがありません。大阪南港から徳島へのフェリーには乗ったことがあります。小松島港は、国鉄に乗って行きました。竹輪は懐かしいです。

こってうしさん、こんばんは!

へ~ぇ、1日で、和歌山港線の水軒と、加太線、多奈川線ともに乗られたんですか。あっぱれと
云うか、やるもんですね。

 当方は、3線とも別々に行きましたが、和歌山港~水軒間は、結局、乗り損ねていました。

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