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2021年6月 7日 (月)

京/太秦の「天塚古墳」へ

         京都の古墳巡り、蛇塚古墳に続くは「天塚(あまつか)古墳」
        ですが、蛇塚古墳のスグ近くを流れる西高瀬川のいま。ここに
        舟を浮かべて巨石を運んだと云われても、実感は湧きませんね。

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         少し進んだところでは、その川は、狭いけど深くなっていま
        した。大昔は、もっと大きな川だったんでしょうね。        

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 ここ、もとは小さな古墳で、蛇塚古墳の築造を支えた人たちが葬られていたのではないかと
云われていますが、現在は、改葬墓地になっていました。住宅地の中を更に進みます。
        
P1140589


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         行く手にこんもりした森と伯清稲荷教の鳥居が見えると、そこ
        が「天塚古墳」。明治期の発掘で、多くの副葬品が出たそうです。

        P1140594

 天塚(あまつか)古墳は、6世紀に築造された前方後円墳と云われ、蛇塚古墳に次ぐ規模です。
墳丘には、珍しく2基の横穴式石室があり、明治期の発掘で、多数の副葬品が出土したそうで、
蛇塚と同様、大陸から渡来して、この地を拓いた秦氏一族の墓と推定されています。
 
P1140604

 現在、この古墳は個人の所有になっていて、石室の奥には伯清稲荷大神が祀られていました。

P1140614

 石室の奥から入口の方をみた光景。蛇塚古墳に比べて稚拙な石積みのように思えます。

P1140611

 横穴式石室の外へ出て、際まで畑が迫ってきている、天塚古墳の墳丘を巡ります。

P11406231

         墳丘の周囲では、土器の破片などが今も発見されるらしい。
        この日も2個発見され、そのまま置いとかなアカンよとのこと。

        P1140628

P1140629

 もう一つの横穴式石室は、もう崩壊していて遺構を確認できませんが、ここにあった由。

P1140638

         天塚古墳を一周して、もとの鳥居の所まで降りてきました。

        P1140600

         この辺りにあったと云う清水山古墳は、この石標があるだけ。

        P1140643-2

         でも、近くの千石荘公園には、巨石の集積地の遺構が残って
        いて、いくつかの巨石が残されていました。

        P1140655

         千石荘公園には、大正~昭和初期に“千石船”が置かれていた
        そうで、その見学会の写真が掲出されていました。へんなの。

        P1140646

         太秦天神川駅まで歩き、サンサ右京のアローズでカツカレー。

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