狭山池から旧さやま遊園跡へ
狭山池博物館を出て、また狭山池の堰堤をブラブラしました。気持ち良いランニングコース。
取水塔。水位にあわせてゲートが動き、上層の暖かい水を取り込むようになってるらしい。
狭山池博物館には、この一世代前のでっかい実物が展示されていましたよ。
狭山池の東側、堰堤より少し低い位置に、東除(ひがしよけ)川への吐出口が設けられています。
水位が上昇すると自然に越流する構造です。吐出口の部分だけ、橋の遊歩路になっています。
コンクリで固めてないので、ロックフィルダムのような感じです。
さぁて、堰堤に上がって、ボチボチ戻りますか。
堰堤の東外は、「さやか公園」と云うちょっとした防災運動公園になっていました。人が
多かったので、撮影しなかったのですが、通り過ぎかけたところに、こんな記念銘板を発見。
何とそこが「さやま遊園」の跡地でした。跡地は「さやか公園」のほか、高層住宅団地など
になっていました。さやま遊園は、南海電鉄が昭和13(1938)年に狭山池畔に開いた遊園地で、
夏のプール、冬のアイススケートが好評だったと云う。ピークで年間54万人の行楽客があった
そうですが、平成12(2000)年4月に閉園。(戻って撮らなかったのは失敗。後悔先に立たず)
旧さやま遊園跡地を見渡す位置の交差点。この交差点の先一帯にさやま遊園が広がっていた
らしく、中央の建物は、旧さやま遊園の入口ゲートだったらしい。交差点の左手前には、真新
しい水天宮のお社もありました。
この水天宮、もとは、さやま遊園の来客と従業員の安全を祈願
して建立されたものでしたが、閉園を機に遷座された由です。

大阪狭山市役所の横にある循環バスターミナル。駅前から歩3分。

大阪狭山市駅前にあった中高野街道の碑。大阪/平野の大念仏寺
から南下、河内長野で東高野・西高野と合流して高野山へ至る道。

下図の黄色で囲んだ辺りが さやま遊園跡。(駅前の案内板に加工)

長らく「さやま遊園」と云う駅名でしたが、閉園後に改称され、
「大阪狭山市駅」に。遊園地最寄駅の風貌を残していますが、今
は駅員無配置駅です。ひとつ難波寄りには「狭山駅」があります。

(2021/2/13訪問) ポチっとお願い 💛 イイネも宜しく
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