文武天皇陵か、飛鳥/中尾山古墳
11/28、中尾山古墳発掘調査」の現地見学会に行ってきました。
近鉄の飛鳥駅から、歩10分ほど、高松塚古墳の近くのはずです。
手指消毒し、受付のあと、15人ほどの班単位で説明を聞きます。
一時、雨模様でした。 スグに止んだけど、寒くなりました。
ボランティアガイドの方に先導されて、小高い丘の頂上に、こんもりした墳丘が現れます。
これが「中尾山古墳」で、地表を少し掘って敷石が露出しているのが見えます。ここが1重目。
仮設の見学用やぐらが組まれており、滑らぬように登ります。
やぐらの上から、発掘された横口式石槨をのぞきこみます。石槨壁面は、極めて丁寧に磨き
あげられていて、全面に水銀朱の痕跡があったそうです。なので、当初は真っ赤な部屋だった
はずですね。これらの石は、兵庫県高砂市に産した「竜山石」だと云うことです。
やぐらを降り、反対側へ回り込みます。
「中尾山古墳」は、昭和初期に史跡に指定された、三段築成の八角形墳です。それが天皇陵
の特徴であり、石室内部の大きさが火葬骨を納めた墳墓と考えられるところから、続日本紀の
記述にある「文武天皇」の墓であることが確定的になったそうです。
もっとも、宮内庁は、別の古墳を「文武天皇陵」と治定していて、変更する気はないそうな。
下の写真で、ぽっかり穴が開いてるところは、いにしえの誰かさんが、石を盗った跡らしい。
「文武天皇」は、日本初の本格的法律である「大宝律令」を制定したとされる天皇です。
湿り気のある落ち葉を踏みしめながら、下山です。
見学会会場には、入場待ちの行列を想定したスペースが用意さ
れていましたが、天候がよくなかったためか、無用の長物でした。
案内板を見ると、「高松塚古墳」は、すぐ隣です。
このあと、セミナールームに移動して、石室内部を撮影した
ショートムービーを鑑賞して、見学会は終了でした。
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