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2020年9月 7日 (月)

信貴山登山鉄道の“攻防” ②

 さてさて、西側からの信貴登山鉄道のルート整備は、大阪電気軌道(近鉄の前身)の宿願でした。
何せ、信貴生駒電鉄(京阪系)の東ケーブルに、参詣客が獲られるのを指をくわえていたのです。
 それで、大阪からの最短ルートとして、西ルートを急ピッチで整備、その結果、東ケーブルは、
乗客が減少、信貴生駒電鉄は、経営が傾き、後に、近鉄の傘下にくだることになります。

 その西ルートでの到着口が 山上鉄道線の「信貴山門」駅でした。1944(昭和19)年に不要不急
路線として、レールを供出して休止するまで14年間だけ、高安山~信貴山門間で運行されていた
山上鉄道線は、1957(昭和32)年の西ケーブル再開に際し、自動車専用道路に改修されてしまい、
山上鉄道線跡(高安山駅~信貴山門)を直営バスが走ることになった訳です。

 広~い信貴山門バス停を出たところに “信貴生駒スカイライン”の信貴山ゲートがありました。
かつての山上鉄道線跡が自動車専用道に改修され、その一部は、現在の“信貴生駒スカイライン”
に組み込まれています。

P1070156

          この日、15:30発の高安山行バスの乗客は、3名。同じ
         バス停から、東ルートの信貴山下行き奈良交通バスも出て
         いるのですが、接続の気配はありません。
          近鉄バスは、ケーブル連絡で40分毎ですが、奈良交通の
         信貴山下方面へのバスは、60分毎です。         

         P1070147

          60年前の信貴山門バスのりば。今のと変わりませんね。
         当時は、東ケーブルがあったので、ここは高安山行のみ。

         20200830_4
                           (60年前に私が撮った写真)

         2_20200829225401
                             (クリックすると拡大します)

          “信貴生駒スカイライン”の信貴山ゲートを入り、途中で
         逸れて高安山霊園に立ち寄ったら、ケーブル高安山駅は、
         スグでした。近鉄大阪線方向なので、三宮へも連絡⁉

         P1070160

 ここも、駅前は広いバス溜まりになっていました。山上鉄道線の跡は、自動車専用道路なの
で、歩いて見に行くのが憚られました。(暑かったしネ、ほんま)

P10701631   

 連絡バスとケーブルは、5分ほどでの接続でした。手前の赤いカゴは、これでも連結の荷物車。
そうそう、少し前までダメだった、PiTaPaやICOCAが使えるようになっていました。

P1070170

 虎を描いた7号車「ずいうん」。100人乗り、1957(昭和32)年当時、日本最大だったそうな。
でも、未だに非冷房で、懐かしい回転式の扇風機が活躍、“温風”をかき回していました。

P1070174        

 大阪平野を見降ろせるのですが、樹木のせいか、視界は狭いなぁ。八尾のへんしか見えへん。

P1070178

 途中のトンネル(郡川隧道)からの光景がエエ感じ。上りのケーブルカーは未だ見えない。

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 8号の「しょううん」と交換。上りは乗客なしのよう。

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 信貴山口駅の少し手前に、ケーブルでは珍しく踏切が二ヶ所ありましたが、撮りに戻る元気なし。

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         西ケーブルの始発は9:30。17:35が終発。しゃあない。

        P1070216

 信貴線の電車が入線してきました。信貴線の高安山駅と次の服部川駅の間には、近鉄最大の
急坂(40‰)区間がありますが、高安山駅に入線するときも、ェッコラショ。

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 ホームは、2両で一杯いっぱい。間に一駅の短い区間ですが、15~20分毎の運転で、車掌が
乗務しています。この辺にも、大軌(近鉄)の意地みたいなものが反映されている感じがします。

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          服部川駅が唯一の途中駅。傾斜地の急カーブにあります。

         P1070230

 信貴線分岐点の河内山本駅に入線。西ルートの最盛期には、上本町~河内山本~信貴山口の
直通急行が運転されていたそうです。  

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 通常、河内山本駅の1番線で折り返しますので、上本町直通は、今でも可能ですな。となりの
5番線は、ラッシュ時のみ使用。大阪方面からの乗換えの利便性に応えているんでしょうな。

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 折り返しの信貴山口行は、大阪線の準急に接続して、スグに発車してゆきました。

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 結局、大軌(近鉄)が京阪系だった東ルートを駆逐して、自ら敷設した西ルートを残した訳です
が、時代がすすみ、価値観が変わると、意味を持たなくなってしまうものなんですな。それでも、
大軌--近鉄と云う事業体に伝わる、強い“意思”を見せつけられている気がするのです。

 【参考】近鉄HP「近鉄資料館」路線の履歴書
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