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2019年9月20日 (金)

寝屋川の「高宮廃寺跡」

         京阪電車の寝屋川市駅からのバスを豊野浄水場前で降り、
        太秦(うずまさ)高塚古墳を見て「高宮廃寺跡」へ歩きました。

        M2372
                                   (寝屋川市のHPより)
        
         銀杏が熟している太秦2号公園の傍を抜けて歩きます。

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 住宅地を外れ、こんもりとした森に入ってしばらく、それを抜けると、お社が見えてきました。
高宮廃寺跡は、高宮にある古代寺院の跡で、1979(昭和54)年に寺域や伽藍配置が調査されました。

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 大杜御祖(おおもりみおや)神社です。「高宮廃寺跡」は、この境内を中心に広がっています。
発掘調査で出土した瓦は、7世紀後半と8世紀、13~14世紀のものの3種があったそうで、白鳳
時代に創建され、奈良時代に掛けて営まれたのちに廃絶、鎌倉時代に再建され、室町時代まで
続いたものと考えられています。中世の瓦が講堂跡付近でしか出土していないので、再建された
寺院は、大杜御祖神社の神宮寺になっていただろうと推察されています。

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        近くの“ちびっこ広場”の説明板には、かつての伽藍配置(想像図)が
       掲げられていました。結構な寺院が寝屋川市の一画にあったんですな。

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       Dscf7844
                               クリックすると拡大します

 西側から見たところです。この東西の地道は、ちょっとした抜け道になっているようです。
時々、マイカーが走り抜けて行きます。でも、夜道はビビりそうですな。

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        この柵の先に元大杜御祖神社の表参道が続いていたらしいけど、
       柵を開けて進むのは躊躇しました。

       Dscf7855

       
        かつての表参道は、南側へも続いているようですが、これも断念。

       Dscf7857


 西側の大鳥居。この西側には、かなりな急斜面に住宅地が広がっていました。高宮廃寺跡付近
は、標高30mほどの丘陵地になっていて、かつての丘陵上には、豪族の屋敷地が広がっていたと
推測されているそうです。   

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        住宅街の坂道を下ってゆくと、第二京阪国道沿いの田圃には、
       稲穂が頭を垂れていました。第二京阪道を立派な歩道橋で越えた
       ところは、四條畷市の小路北町でした。 

       Dscf7880

        更にこの先、JR学研都市(片町)線忍ヶ丘駅まで歩きました。続く。

       1_20190923213101


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