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2019年8月 5日 (月)

与謝蕪村生誕の地

          蕪村公園まで、市バスに乗りました。なにせ、この日は、
       暑過ぎました。城北公園通りを、守口車庫~大阪駅前のバスが
       5分おきに頻発していました。 
        ここまで来たら、蕪村生誕地碑を見とかにゃなりますまい。
       3  
             (ぶそん市のパンフより抜粋/追記)   クリックすると拡大します


        市バスを「毛馬橋」で降りた向かいに、ふわぁ~とした公園。 
       ちょっとしたモニュメントと蕪村の案内板があって、蕪村公園です。

       Dscf0837

       Dscf0840 

        Dscf0841
    

 さすがに蕪村です。地元を謳った13の歌碑があちらこちらに散在していました。

Dscf0836
       
Dscf0854

Dscf0874
             

 淀川堤防に上がったところに、「蕪村生誕地」の碑がありました。蕪村が生まれた毛馬(けま)村
のほとんどは、新淀川の工事で水没してしまっており、それを見降ろす位置に建てられています。

Dscf0899


 与謝蕪村は、1716年に摂津国東成郡毛馬村(現大阪市都島区毛馬町)に生まれ、20才頃に江戸で
俳諧を学び、27才のとき、下総國結城に拠点を移して、芭蕉の足跡を辿って東北を周遊、俳諧と
画技を磨き、丹後・与謝で4年を過ごした後、42才で京に居を構えて画業に専念。1783年12月、
68才で亡くなりました。その間、大坂には、何度も立ち寄っているのですが、なぜか生まれ故郷に
は、一度も帰ろうとしなかったそうです。なお、蕪村のお墓は、芭蕉庵のある京都市左京区一乗寺
の金福(こんぷく)寺にあるそうです。

Dscf0897


 淀川が、旧中津川を開削した新淀川と旧淀川(大川)とに分かれるところ。蕪村生誕地碑の目前。

Dscf0912

    もう一回、続きます。

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