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2015年6月29日 (月)

“淀川連絡線”の痕跡 ①

 京阪電車の野江~京橋間から見える「城東貨物線」は、複線化による「おおさか東線」としての延伸工事が進んでいるようです。先日、TV大阪の番組で、“くもじい”も関心を持ったらしい、“淀川連絡線”は、ここ蒲生1丁目(大阪市城東区)あたりから、淀川貨物駅へ通じる貨物支線でした。


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  その支線が高架の城東貨物線へ上がる部分には、盛り土の沿堤が残っていますが、終端は削られて、現在進行中の複線化工事の拠点になっています。

  
  
  

  
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 “淀川連絡線”の廃線跡は、かなりな部分、歩行者と自転車専用の遊歩道として整備されています。

  

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  “淀川連絡線”は、国道1号線の蒲生1丁目(大阪市城東区)のすぐ北側で、同じ城東貨物線の鴫野方向からの渡り線(下の写真の左手前方向から)と合流していました。ちょうど、この辺りです。



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 城東貨物線は、吹田操車場(大阪府吹田市)から竜華(りゅうげ)操車場(大阪府八尾市)を結んでいた貨物線ですが、淀川貨物駅と百済(くだら)貨物駅に乗り入れていたほか、城東線(現・大阪環状線)にも繋がっていました。(現在は、吹田貨物駅と百済貨物駅間で運行されています) 


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  JR学研都市(片町)線の鴫野(しぎの)駅付近から北上する城東貨物線からは、スグに左へ折れる渡り線でも、“淀川連絡線”に繋がっていました。その分岐付近でも、やはり、おおさか東線の延伸工事が進んでいます。(写っているのは、右手、京橋方面への電車)

  
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  これ、現在の城東貨物線(鴫野駅の北側)です。この左側に増線し、複線化されるのですが、“淀川連絡線”への渡り線は、この正面の建物の手前で、左にカーブしていました。 



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  おおさか東線の延伸工事の影響で、立ち入れませんが、線路跡を整備した公園の東端が、城東貨物線との分岐地点です。
  
  
  

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  線路跡の公園は、西方向にカーブし、この先で、国道1号線に突き当ります。
  
  

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 ここ、蒲生1丁目です。昭和40年台まで、国道1号線を大阪市電(春日出~今福)が走っていて、貨物線と平面交差していました。国道と斜めに交差するため、ずいぶん長い遮断機で、かなり長い時間止められたように記憶しています。(高架を走るのは、京阪電車です)  


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  二つの渡り線を合流した“淀川連絡線”は、京阪電車の高架下を抜け、しばらく、国道1号線のスグ北側を進みます。

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  蒲生桜小橋のバス停のそば(エディオンの向い)です。“淀川連絡線”は、ここで、国道1号線に最接近し、このあと、緩やかに北寄りにカーブして行きます。この辺りの廃線跡は、水が流れる遊歩道として整備されています。 


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  国道の一筋裏の抜け道、と云う感じで、廃線跡の遊歩道が続いています。

  
  

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  新京橋商店街と交差するところに、かつては、踏切がありましたが、今は、アーケードの接続部分に、“ビギンドーム”が設けられています。


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  ここまでで、ほぼ半分を歩いて来ました。次回につづきます・・・。


 

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