旅行・地域

2018年8月13日 (月)

“ミニ・ナイアガラ” 黒滝

    
               JR福知山線三田(さんだ)駅からバスで25分、兵庫県三木市のナイアガラとも
         呼ばれる「黒滝」に行ってみました。見た目だけでも冷涼効果を求めて・・・。

Dscf3415_2

            緑豊かな丘陵を流れる美嚢川にかかる黒滝は、大きな一枚岩から水が
                       すだれ状に落ちる、落差4m、幅30m、川幅いっぱいに広がる横長の滝です。
 S0363530_2

          熱心にカメラを構えるおネエさんは、ゴム長を履いて、動き回っていまし
                  た。水に入らないと、対岸へ渡れないのです。

Dscf3506_2

                JR三田から社(やしろ)方面行きの神姫バスを二瀬川停で降りて
               も、何の案内もありません。地形から見当をつけて歩きます。

Dscf3612_2
               
                進行方向に20歩ほど進んで、左の田んぼの中の小道を見ると、
               その突き当りに車が2~3台停まっていました。はっはぁ~ん。

Dscf3604

          階段状の崖の下に、丘陵を削って流れる美嚢川が眼下を流れていました
           が、“ナイアガラ”と呼ぶには、ちょっと迫力不足の感じでしたな。

Dscf3322_2

           ここへ来るには、ゴム長靴を持参し、対岸へ渡らないと、いいアングルに
           恵まれそうにありません。暑いのですが、戻りのバスの時間まで我慢です。

Dscf3560_2

                三田駅行きのバスは、冷房が効いていて快適でしたが、
               25分で580円。やはりと云うか、乗客は、2~3人でした。

Dscf3621_3

               三田駅からは、“丹波路快速”なら、38分で大阪駅に到着。

Dscf3638_2


Access_map_2

             黒滝近くでの駐車は規制されていて、歩いて10分の山田錦の館が
            指定されていました。二瀬川バス停からなら、歩3分でした。

 
                          ポチッとよろしく!   

2018年7月30日 (月)

昔さがし、京橋・蒲生・今福 ③

   
              改めて、京橋・蒲生・今福の位置関係を整理しておきます。 
  
Photo_3

           今福小学校の東寄りで、寝屋川の堤防道と合流する古堤街道(右手)。

Dscf2352

           今福郵便局発祥の地碑。城東区は、こうした石碑が流行ってるのかも。
 Dscf2355_2

          
                   ⑫ 栄照寺の鐘楼は、本堂の屋根の上に突き出ていました。

Dscf2356_2

          境内には、室戸台風遭難学童の碑がありました。1934(昭和9)年の室戸
                  台風で木造校舎が全壊し、多くの児童が亡くなったそうです。それ以来、大阪
            市は校舎の鉄筋化を進めたそうです。

Dscf2359_2

Dscf2361_2

           ⑬ なにやら大層ですが、皇大神宮です。平安末期の創建で、天照大神
                     が祭神。かすかな記憶では、東西南北のダンジリが喧嘩して、彫り物の龍
                     の目玉を奪い合ったんやなかったかな。祭礼のダンジリが戻ってくるのを
                     待っていると、お菓子を配ってもらえました。待ち遠しかったったなぁ。

Dscf2375

          Dscf2373

Dscf2380
            
Dscf2386_2

122

          ⑭ 大正時代、鯰江川の三郷閘門樋の工事のときに、楠で造られた大きな
          丸木舟(長さ13.5m、幅1.9m、深さ0.8m)が発掘されたそうです。大阪城内に
          展示されていましたが、戦災で焼失してしまったそうです。

Dscf2388

         新喜多大橋の少し南にある三郷橋稲荷社の脇には、大坂冬の陣古戦場の
                碑が建てられていました。
 Dscf2391_2

         詳しいことが、傍らのカンバンに説明がありました。ふう~ん。知らんかった。

Dscf2390_2                            

         話しついでに、鯰江小学校の門前を通過。OBです。当時は木造でした。

Dscf2422_2

          蒲生4丁目と云えば、城東商店街。酒の出原も、何とか残っていました。
         この奥にあった、テアトル城映と云う ちょっとエロかった映画館は、とっくに
                 なくなっていました。

Dscf2426

         暑いときでしたが、懐かしいエリアを歩きました。これでおしまいです。
        鯰江小や蒲生中のOB・OGの方、見てくれましたか?
    

                                                                  ポチッとよろしく!

    

2018年7月23日 (月)

昔さがし、京橋・蒲生・今福 ②

 
         古堤街道(旧鯰江川堤防道)には、昭和の香りの建物も残っていました。

Dscf2282

Dscf2285

        
           新喜多(しぎた)大橋の交差点。埋め立てた道と旧道が並んで、少しややこしい。

Dscf2287
    
          江戸~明治期、寝屋川は、大阪市街と北河内を結ぶ舟運の要路でした。
                蒲生・今福は、その中継地としても栄えたそうです。
              
Dscf2295

          ⑧ 大正期には、天満橋・片町・鴫野・今福をめぐる巡航船が通っていて、
                  昭和7年に片町から極楽橋まで市バスが乗り入れるまで、主要な交通機関
           を担っていたそうです。新喜多橋の近くに、その巡航船の船着き場があった
         と云うことですが、いまは、痕跡すら見当たりません。

Dscf2303

122      (大阪コミュニティ・ツーリズム「大阪あそ歩」まち歩きマップNo.78の部分に補筆)



           ⑨ 楠根川は、かつては、大和川分流の一つとして、長瀬川などととも
                     に、寝屋川経由で旧淀川(大川)注いでいて、しばしば、洪水を引き起こし
                     ていました。
            昭和44年の第二寝屋川の開削によって、楠根川は埋め立てられ、緑陰
                     歩道になっていました。

Dscf2321
 
Dscf2320_2

       
           ⑩ 新喜多新田会所跡。この辺りは、300年前の付替えの前は、大和川
                    の流域でした。1704(宝永元)年に、柏原付近からまっすぐ西流するように
          付替え工事が行われ、旧流域は、新田開発が進められました。

           開発を進めた、鴻池新十郎、鴻池喜七、今木屋多兵衛の三人の名から
          一字ずつとって名付けられたのが、“新喜多”と云う地名だそうです。
 Dscf2306

Dscf2309

         寝屋川と城北運河、城東運河の合流点。奥の方が京橋方向で、水門を右
                (北)へ流れるのが城北運河(最近は城北川と呼ぶらしい)、手前を左から流入
       してくるのが城東運河です。
                  「大阪あそ歩」のコースから外れ、少し東側に回ってみました。と云うか、緑陰
                歩道の左折地点を間違って、大回りしてしまいました。
    Dscf2327_2

          寝屋川と城北運河の交差点には、大きな水門があります。この水門は、滞
                   留しやすい寝屋川の浄化と水位上昇時の排水と云う役割を担っています。
                      かつては、もっと武骨な水門だった記憶がありますが、昭和30年代までは
         ハシケによる水運も盛んで、船を通すための操作もあったはずです。
   
Dscf2339_2        

           古堤街道(大和道)は、この辺りでは、寝屋川堤防の道になっています。
           正面は京橋のOBP(大阪ビジネスパーク)、後方が奈良方面です。

Dscf2336            

          「大阪あそ歩」のコースに戻りました。極楽橋の前は昔と同じで、今福小学校。

Dscf2345_2

         ⑪ 今福小学校の脇にある旧野崎道の碑。近松作品にもある“野崎詣”は、
                屋形船で水路を行く人と、寝屋川の堤防の陸路を行く人とが罵りったそうで、
                落語にもなっています。1895(明治28)年に浪速鉄道(現・学研都市線)の開通
                によって、次第に廃れてしまったようです。
  Dscf2351

Photo_3

            
           多分、もう一回つづきます。おつきあいください。


                         ポチッとよろしく!   

             

2018年7月20日 (金)

祇園祭山鉾建て

          7月24日の祇園祭《後祭》を前に、7月19日、“まいまい京都”のガイドツアー
                  に参加して、山鉾建ての模様を見てきました。14時、地下鉄四条改札前に集合
         して、まず向かったのは、「大船鉾」。車馬の乗入れを禁止にするのが、警察署
                  でなく、四条町と云うのが京都らしい。
 

Dscf2678_2

          次は、「南観音山」。「真木(しんぎ)」が作られていました。

Dscf2709

          結構な大きさの松の木を「真木」につないで一体化します。真っすぐつなが
             ないと倒れてしまうので、見ていても、難しそう。

Dscf2711_2

         鉾(ほこ)建ては、なかなかスリリングな方法で、行われます。(ツアー資料より)

2
3
          
          なかなか建ちそうにないので、「北観音山」へ回りました。スグ北隣です。

Dscf2742

          組んだ「やぐら」を、綱を引きながら寝かせ、「真木(しんぎ)」を差し込みます。
 Dscf2792

         つなぎの部分は、入念にロープを巻きます。このロープは、跨いではなりません。

Dscf2808

           気合をいれて、鉾を引き起こします。ちょっとビビります。
          Dscf2816

          「北観音山」の鉾が、無事に建ちました。

Dscf2824

        このあと、八幡山とか、鯉山などを見て、先ほどの「南観音山」に戻りました。
         まだ、建ってなかったので、しばらく待機です。

Dscf2887_2

          いよいよ、鉾建てです。見ている我々も、力が入ってしまいます。

Dscf2896

          鉾に近い方は、綱の位置が高くなるので、ヒヤヒヤです。  
          Dscf2894

          「南観音山」も建ちました。16時30分を回っていました。
  Dscf2904

       今回の、“まいまい京都”ツアー参加者は16名。ガイドは、山田章博さんでした。

Dscf2687_3


Dscf2739_3
       歩いて京阪電車祇園四条駅に
      着くと、事故で大幅遅れになって
      いました。でも遅れたなりに動い
      ていたのでセーフでした。


      ポチッとよろしく!                           

                           
   

2018年7月16日 (月)

昔さがし、京橋・蒲生・今福

        
                        しばらく出歩かなかったら、ネタが枯渇。そこで、コミュニティ・ツーリズム
                      「大阪あそ歩」のまち歩きマップから、「蒲生村に残る水郷の面影を探して」
                      をピックアップし、暑いさなか、出発地点の京阪電車京橋駅に向かいました。

121_2             (大阪コミュニティ・ツーリズム推進連絡協議会「大阪あそ歩」まち歩きマップNo.78の部分に補筆)


              ① 京橋と云っても、ここは、大阪市都島区東野田2丁目です。京街道
            と奈良街道の分岐点です。右、大和ならのざき(奈良・野崎)とあります。

Dscf2206

          ② 今回は、大和道とも呼ばれた、旧の古堤街道を進みます。この道は、
                  埋め立てられてしまった旧鯰江川の堤防道ですが、その前に、ご愛敬・・・。
                  京街道に沿った、新京橋商店街の入口にある“真実の口”。        

                     『忘れかけてた大地震。ここらで、ちょっと気合入れられました』

Dscf2212_2

              ③ 大阪七墓の一つ、蒲生(がもう)墓。江戸時代に流行ったと
             云う、七墓参りに代わって、この横では、毎晩、酔客で大賑わい。
  Dscf2219_2

           ④ 埋め立てられた鯰江川に架かっていたと云う蒲生橋の親柱。
          鯰江川は、寝屋川の北側を並流していた悪水路で、物資の輸送や
           野崎参りの舟も通ったとか。

Dscf2223

           ⑤ 古堤街道(鯰江川堤防)は、大阪から奈良への幹線道路として利用
          されてきた街道で、京橋を起点に、高山村(現生駒市)を結んでいました。

Dscf2241

          旧鯰江川は、埋め立てられて、道路になっています。

Dscf2228

           ⑥ 蒲生行者講。奈良県吉野の大峰山で修行する信者の講です。

Dscf2254_2

           300年後の現在も、近隣の方々により手厚く祀られているようです。
 Dscf2258

           ⑦ 若宮八幡大神宮。社殿が西向きになっているので、西向八幡とも呼
          ばれるそうです。

Dscf2263
 Dscf2274
 
            大阪夏の陣では、徳川方の佐竹義宣がここを本陣として、豊臣方の
           木村長門守と戦ったと云います。
 
Dscf2270

Dscf2269

              手水鉢に、鯛に乗った恵比寿っさん。珍しい。
          Dscf2264

Dscf2252_2_2

        実は、大阪市城東区の蒲生・今福は、小一から高二まで過ごしたところです。
        かすかな記憶を追いながらの“まち歩き”は、悪くはありませんね。暑いけど・・・。
       何回か、つづきます。 


                               ポチッとよろしく!

2018年7月 2日 (月)

企業のにんにく栽培

          グループ会社の兵庫ナカバヤシがにんにく栽培を始めて早や3年。今年の
         収穫作業をのぞかせてもらいました。

Dscf0129_2

           ここは、兵庫県養父(やぶ)市大屋町の夏梅(なつめ)にんにくセンター。
   
Dscf0121

        各圃場で刈り取ってきたにんにくの、根と茎を決められた位置でカットします。

Dscf0057

          自動的と云っても、人が装置にセットしてやる必要があります。
   Dscf0062

          ネギやにんにくは、茎を切ったときに出る汁の匂いが強烈です。
   Dscf0069

           このあと、温風乾燥に時間が掛かります。

Img_20180629_144627_2

           この日、JGAP(日本の良い農業のやり方)認証審査が行われていました。

Img_20180629_144829


          主要な肥料は、地元、養父市が運営する大屋ゆうきの有機肥料を散布
                    してもらっているそうです。
 Img_20180629_141144

         約25日も掛け、80℃以上の発酵で、安全な肥料を作っているとのこと。

Img_20180629_140638


               夏梅にんにくセンターは、兵庫県養父市大屋町にあります。
                              “一円電車”で知られた旧明延鉱山は、もう少し奥です。

Dscf2940_2_3

                   にんにくは、5~6月に収穫、10~11月に植え付けます。
                  今後も、時折、活動状況を報告できれば、と思っています。

                       
                              ポチッとよろしく!

2018年5月28日 (月)

小豆島アラカルト <東の方>

        さてさて、長々と続きました小豆島めぐりも、今回が最終回。今度は、東の方
               を巡ります。手始めの道の駅オリーブ公園では、郵便ポストもこんな色。

Dscf0338

         東の方では、火山性の岩場が多いようで、その一番の光景は、なんと云っ
               ても、「寒霞渓(かんかけい)」です。 こううん駅前に車を置いて、ロープウェイ
        に乗りました。

Dscf0386

        火山活動で誕生した岩山が侵食されてできた渓谷美です。

Dscf0348_2

          山頂の展望台から草壁港を見降ろした光景。少しモヤっていました。

Dscf0375_2

                まぁ、小豆島めぐりの最終回は、ほぼ“石”シリーズです。
          Dscf0756_2                           (小豆島観光協会のOlive Roadに加筆)


          北部の小海(おみ)の「大坂城残石記念公園」は、徳川による大坂城の
                   再築用に切り出したが、出荷されなかった“残念石”が集められていました。

Dscf0501

          Dscf0507

               石を運ぶのに用いたと云う“修羅”(しゅら)。容易に分解できるらしい。
 Dscf0522_2

               地元の祭礼に用いられる大きな人形も収納されていました。
 Dscf0519

         大部港と福田港の間には、ちょっとビックリの荒れた風景が広がっていました。
 Dscf0540

          ここにあった山が、永年の採石によって“消失”したであろうことは、想像に
         難くない。スゴい場所やなあ。こうした場所を“石丁場”と呼ぶそうです。

Dscf0539_2

          大坂城残石と云うのがアチコチに残っています。「八人石」は、高さ4mの
          石を割っていたときに、いっときに8人が犠牲になったと伝えられている石です。
 Dscf0573_2

 Dscf0561

  Dscf0563

          海岸近くの山中に、数百個の残石があるそうです。

Dscf0565

               少し先の天狗岩丁場には、更にでっかい石がありました。
 Dscf0581

          大天狗岩です。高さ17.3m、推定1,700tとか。こうした大岩を“種石”と呼び
         ノミを打ち込んで石を割るんだそうです。
          Dscf0576
          天狗岩の登り口の駐車場で、隣の軽トラの荷台に、駆除されたシカが積ん
         であるのを見てしまいました。ギョッとする光景でしたな。

          このあと、「希望の道」で癒されてから、大丈夫かなと不安に駆られながら、
         だらだらとした崖の上の山道を走って、「大角鼻(おおかどはな)灯台」に着きました。
     
Dscf0623

               無人灯台であり、周囲は、草ボーボーでした。ゲートがあり、これ
              以上、近づくこともできません。

Dscf0617_2_2

               まあ、一つの先端に来たと云うだけで、大した感慨もありませんでした。              
      Dscf0616_2                                                (クリックすると拡大)


                そう云えば、ヤマロク醤油の蔵を見学させてもらいましたよ。

Dscf0472
     
         蔵に住み着いた菌につくってもらうので、3年間、ひたすら撹拌すると云う。
 Dscf0446

                醤油プリン。鶴醤(つるひしお)かけかけ。旨し。

Dscf0458


           3日間の小豆島。帰るとなると名残り惜しい。夕方近くになっても海霧が
           出ていて、フェリーも遅れていました。坂手港にて。

Dscf0654

          明石海峡大橋を過ぎると、小一時間で神戸です。

Dscf0666

                      やれやれ・・・。        
                                         ポチッとよろしく! 

2018年5月25日 (金)

小豆島アラカルト<西の方>

          小豆島シリーズ4回目は、西の方をパッパとご紹介。
         まずは、「土渕(どふち)海峡」へ。ここは、世界一狭い海峡と云うことですが、
         見たとこ、運河のような感じでした。ここを海峡と云われてもなぁ・・・。

Dscf0278_3
 
           Dscf0275_2                                         (クリックすると拡大)


       最狭部は、幅が9.93mしかありません。左手が「小豆島本島」、右手が「前島」。

Dscf0268_2

          休日なれど、役場の宿直室で、「海峡横断証明書」を発行してくれました。
 Dscf1540

                昼飯を求めてウロウロしていると、キリシタン大名の高山右近が
                いっとき隠れ住んだと云う顕彰碑がありました。

Dscf0288_2

Dscf0774_5

         鹿島海岸から西に進んだ峠近くにある「樹齢1,000年のオリーブ大樹」です。
         スペイン・アンダルシア地方から運ばれてきたものだそうです。

Dscf0153


            次は、「重ね岩」。尾根の先に、大きな岩が重なっていました。

Dscf0252

           よう、落ちんもんやなぁ。
 Dscf0256_2

               上りの最後には、鎖にすがっての岩登りが待っていました。
 Dscf0243

              駐車場からは、400段の階段が続いていました。堪えるなぁ。

Dscf0229

            「肥土山(ひとやま)農村歌舞伎舞台」を見に行きました。5/3には、その
                     農村歌舞伎が上演されると云うことでしたが、この日は、準備中。残念。
  Dscf0321

         舞台の裏には、こちらも田植え準備中の水田が広がっていました。その先
         の方に、何やら背の高い塔のようなものが建っています。

Dscf0325_2_2

              なんかいなぁ、と行ってみると、小豆島大観音(佛歯寺)でした。
             大観音の内部は、8階建てになっていて、エレベータで上がれました。
             観音様の喉の下あたりに展望用の窓がありました。
 Dscf0492

           もう一回だけ、続きます。今度は、島の東の方・・・。お付き合いください。
     

                            ポチッとよろしく!


       

2018年5月21日 (月)

小豆島 <こいのぼり>

          3回目の小豆島は、ちょっと遅いけど、“こいのぼり”です。

         土庄東港から西岸を巡る県道を行くと、霞んだ海上に連なる“こいのぼり”が
                  見えました。海岸まで降りると、高松からのフェリーも海霧に霞んでいます。

Dscf0178

          急な階段を降りると、そこは、旧戸形(とがた)小学校の校庭のすぐそばでした。

Dscf0185

          Dscf0209_2


Dscf0176_2

              2000年夏、ここ、戸形崎にウミガメが産卵にやってきたそうです。

Dscf0172


Dscf0755_22                      (小豆島観光協会のOlive Rordより)クリックすると拡大   


          神戸からのフェリーが着く坂手港に近い、田ノ浦にある、“二十四の瞳”
            映画村にも、“こいのぼり”が泳いでいました。                  

Dscf9993

          岬の分教場の少し先に、壷井栄の「二十四の瞳」を再映画化したときの
                  オープンセットです。
 Dscf0022

Dscf9960

Dscf9977

           色々な昭和の風景が設えてありましたが、15時を過ぎると、食事処の
          ほとんどが“終了”だったのには閉口です。そうめんとカンバンがあった
                    ので、覗いてみても、乾麺を売っているだけでした。         

                         ポチッとよろしく!



       

2018年5月14日 (月)

小豆島 “天使の道”2つ

      
          さて、小豆島・周遊ドライブのハイライトを少しずつ綴ります。

         大昔、写真部の合宿に、関西汽船で行った微かな記憶があるだけで、
          どこへ行ったのかは、忘却の彼方。

                       今回の小豆島巡り、延べ三日間の行程とは関係なく、 気に入った
         ところを順不同でUPしてゆきます。まずは、二か所の「天使の道」。

           二日目、満ち潮の朝、土庄東港近くの「天使の散歩道」は、砂州が
               見えず、島へは行けそうもありません。 昨夕とは、大違いです。 

Dscf0292_2

          「天使の散歩道」は、エンジェルロードとも呼ばれています。初日の夕刻、
                  干潮だったので、かなりな幅の砂州が現れ、島伝いに先の島まで行けました。

Dscf0059_2

           ごつごつした岩場が続いています。

Dscf0070

          二つ目の島まで歩いて、引き返しました。夕暮れが迫っていました。

Dscf0088_2

          「天使の散歩道」は、島の西部、土庄町にあって、割とメジャーです。

Dscf0755_4                     (小豆島観光協会のOlive Roadに追記)クリッリで拡大します。


          一方、島の東岸、楠風台には、「希望の道」と云うところがあり、個人宅の
                  庭から海崖の細い階段道を下って、目の前が開けた途端、砂州が見られます。
   Dscf0585

       三日目、朝からの海霧が午後になっても晴れず、対岸の島も霞んでいました。幻想的。
     
Dscf0590

         「希望の道」は、砂州の幅が狭く、実感のわくたたずまいだと云えそうです。
 Dscf0598


Dscf0582

          「希望の道」ができるのは、14:40と云うことでしたが、神戸へのフェリーの
                   時間までに余裕がなく、先を急ぎました。

Dscf0583


                           ポチッとよろしく! 



 

より以前の記事一覧

無料ブログはココログ
フォト
2018年9月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

最近のトラックバック