旅行・地域

2018年7月16日 (月)

昔さがし、京橋・蒲生・今福

        
                        しばらく出歩かなかったら、ネタが枯渇。そこで、コミュニティ・ツーリズム
                      「大阪あそ歩」のまち歩きマップから、「蒲生村に残る水郷の面影を探して」
                      をピックアップし、暑いさなか、出発地点の京阪電車京橋駅に向かいました。

121_2             (大阪コミュニティ・ツーリズム推進連絡協議会「大阪あそ歩」まち歩きマップNo.78の部分に補筆)


              ① 京橋と云っても、ここは、大阪市都島区東野田2丁目です。京街道
            と奈良街道の分岐点です。右、大和ならのざき(奈良・野崎)とあります。

Dscf2206

          ② 今回は、大和道とも呼ばれた、旧の古堤街道を進みます。この道は、
                  埋め立てられてしまった旧鯰江川の堤防道ですが、その前に、ご愛敬・・・。
                  京街道に沿った、新京橋商店街の入口にある“真実の口”。        

                     『忘れかけてた大地震。ここらで、ちょっと気合入れられました』

Dscf2212_2

              ③ 大阪七墓の一つ、蒲生(がもう)墓。江戸時代に流行ったと
             云う、七墓参りに代わって、この横では、毎晩、酔客で大賑わい。
  Dscf2219_2

           ④ 埋め立てられた鯰江川に架かっていたと云う蒲生橋の親柱。
          鯰江川は、寝屋川の北側を並流していた悪水路で、物資の輸送や
           野崎参りの舟も通ったとか。

Dscf2223

           ⑤ 古堤街道(鯰江川堤防)は、大阪から奈良への幹線道路として利用
          されてきた街道で、京橋を起点に、高山村(現生駒市)を結んでいました。

Dscf2241

          旧鯰江川は、埋め立てられて、道路になっています。

Dscf2228

           ⑥ 蒲生行者講。奈良県吉野の大峰山で修行する信者の講です。

Dscf2254_2

           300年後の現在も、近隣の方々により手厚く祀られているようです。
 Dscf2258

           ⑦ 若宮八幡大神宮。社殿が西向きになっているので、西向八幡とも呼
          ばれるそうです。

Dscf2263
 Dscf2274
 
            大阪夏の陣では、徳川方の佐竹義宣がここを本陣として、豊臣方の
           木村長門守と戦ったと云います。
 
Dscf2270

Dscf2269

              手水鉢に、鯛に乗った恵比寿っさん。珍しい。
          Dscf2264

Dscf2252_2_2

        実は、大阪市城東区の蒲生・今福は、小一から高二まで過ごしたところです。
        かすかな記憶を追いながらの“まち歩き”は、悪くはありませんね。暑いけど・・・。
       何回か、つづきます。 


                               ポチッとよろしく!

2018年7月 2日 (月)

企業のにんにく栽培

          グループ会社の兵庫ナカバヤシがにんにく栽培を始めて早や3年。今年の
         収穫作業をのぞかせてもらいました。

Dscf0129_2

           ここは、兵庫県養父(やぶ)市大屋町の夏梅(なつめ)にんにくセンター。
   
Dscf0121

        各圃場で刈り取ってきたにんにくの、根と茎を決められた位置でカットします。

Dscf0057

          自動的と云っても、人が装置にセットしてやる必要があります。
   Dscf0062

          ネギやにんにくは、茎を切ったときに出る汁の匂いが強烈です。
   Dscf0069

           このあと、温風乾燥に時間が掛かります。

Img_20180629_144627_2

           この日、JGAP(日本の良い農業のやり方)認証審査が行われていました。

Img_20180629_144829


          主要な肥料は、地元、養父市が運営する大屋ゆうきの有機肥料を散布
                    してもらっているそうです。
 Img_20180629_141144

         約25日も掛け、80℃以上の発酵で、安全な肥料を作っているとのこと。

Img_20180629_140638


               夏梅にんにくセンターは、兵庫県養父市大屋町にあります。
                              “一円電車”で知られた旧明延鉱山は、もう少し奥です。

Dscf2940_2_3

                   にんにくは、5~6月に収穫、10~11月に植え付けます。
                  今後も、時折、活動状況を報告できれば、と思っています。

                       
                              ポチッとよろしく!

2018年5月28日 (月)

小豆島アラカルト <東の方>

        さてさて、長々と続きました小豆島めぐりも、今回が最終回。今度は、東の方
               を巡ります。手始めの道の駅オリーブ公園では、郵便ポストもこんな色。

Dscf0338

         東の方では、火山性の岩場が多いようで、その一番の光景は、なんと云っ
               ても、「寒霞渓(かんかけい)」です。 こううん駅前に車を置いて、ロープウェイ
        に乗りました。

Dscf0386

        火山活動で誕生した岩山が侵食されてできた渓谷美です。

Dscf0348_2

          山頂の展望台から草壁港を見降ろした光景。少しモヤっていました。

Dscf0375_2

                まぁ、小豆島めぐりの最終回は、ほぼ“石”シリーズです。
          Dscf0756_2                           (小豆島観光協会のOlive Roadに加筆)


          北部の小海(おみ)の「大坂城残石記念公園」は、徳川による大坂城の
                   再築用に切り出したが、出荷されなかった“残念石”が集められていました。

Dscf0501

          Dscf0507

               石を運ぶのに用いたと云う“修羅”(しゅら)。容易に分解できるらしい。
 Dscf0522_2

               地元の祭礼に用いられる大きな人形も収納されていました。
 Dscf0519

         大部港と福田港の間には、ちょっとビックリの荒れた風景が広がっていました。
 Dscf0540

          ここにあった山が、永年の採石によって“消失”したであろうことは、想像に
         難くない。スゴい場所やなあ。こうした場所を“石丁場”と呼ぶそうです。

Dscf0539_2

          大坂城残石と云うのがアチコチに残っています。「八人石」は、高さ4mの
          石を割っていたときに、いっときに8人が犠牲になったと伝えられている石です。
 Dscf0573_2

 Dscf0561

  Dscf0563

          海岸近くの山中に、数百個の残石があるそうです。

Dscf0565

               少し先の天狗岩丁場には、更にでっかい石がありました。
 Dscf0581

          大天狗岩です。高さ17.3m、推定1,700tとか。こうした大岩を“種石”と呼び
         ノミを打ち込んで石を割るんだそうです。
          Dscf0576
          天狗岩の登り口の駐車場で、隣の軽トラの荷台に、駆除されたシカが積ん
         であるのを見てしまいました。ギョッとする光景でしたな。

          このあと、「希望の道」で癒されてから、大丈夫かなと不安に駆られながら、
         だらだらとした崖の上の山道を走って、「大角鼻(おおかどはな)灯台」に着きました。
     
Dscf0623

               無人灯台であり、周囲は、草ボーボーでした。ゲートがあり、これ
              以上、近づくこともできません。

Dscf0617_2_2

               まあ、一つの先端に来たと云うだけで、大した感慨もありませんでした。              
      Dscf0616_2                                                (クリックすると拡大)


                そう云えば、ヤマロク醤油の蔵を見学させてもらいましたよ。

Dscf0472
     
         蔵に住み着いた菌につくってもらうので、3年間、ひたすら撹拌すると云う。
 Dscf0446

                醤油プリン。鶴醤(つるひしお)かけかけ。旨し。

Dscf0458


           3日間の小豆島。帰るとなると名残り惜しい。夕方近くになっても海霧が
           出ていて、フェリーも遅れていました。坂手港にて。

Dscf0654

          明石海峡大橋を過ぎると、小一時間で神戸です。

Dscf0666

                      やれやれ・・・。        
                                         ポチッとよろしく! 

2018年5月25日 (金)

小豆島アラカルト<西の方>

          小豆島シリーズ4回目は、西の方をパッパとご紹介。
         まずは、「土渕(どふち)海峡」へ。ここは、世界一狭い海峡と云うことですが、
         見たとこ、運河のような感じでした。ここを海峡と云われてもなぁ・・・。

Dscf0278_3
 
           Dscf0275_2                                         (クリックすると拡大)


       最狭部は、幅が9.93mしかありません。左手が「小豆島本島」、右手が「前島」。

Dscf0268_2

          休日なれど、役場の宿直室で、「海峡横断証明書」を発行してくれました。
 Dscf1540

                昼飯を求めてウロウロしていると、キリシタン大名の高山右近が
                いっとき隠れ住んだと云う顕彰碑がありました。

Dscf0288_2

Dscf0774_5

         鹿島海岸から西に進んだ峠近くにある「樹齢1,000年のオリーブ大樹」です。
         スペイン・アンダルシア地方から運ばれてきたものだそうです。

Dscf0153


            次は、「重ね岩」。尾根の先に、大きな岩が重なっていました。

Dscf0252

           よう、落ちんもんやなぁ。
 Dscf0256_2

               上りの最後には、鎖にすがっての岩登りが待っていました。
 Dscf0243

              駐車場からは、400段の階段が続いていました。堪えるなぁ。

Dscf0229

            「肥土山(ひとやま)農村歌舞伎舞台」を見に行きました。5/3には、その
                     農村歌舞伎が上演されると云うことでしたが、この日は、準備中。残念。
  Dscf0321

         舞台の裏には、こちらも田植え準備中の水田が広がっていました。その先
         の方に、何やら背の高い塔のようなものが建っています。

Dscf0325_2_2

              なんかいなぁ、と行ってみると、小豆島大観音(佛歯寺)でした。
             大観音の内部は、8階建てになっていて、エレベータで上がれました。
             観音様の喉の下あたりに展望用の窓がありました。
 Dscf0492

           もう一回だけ、続きます。今度は、島の東の方・・・。お付き合いください。
     

                            ポチッとよろしく!


       

2018年5月21日 (月)

小豆島 <こいのぼり>

          3回目の小豆島は、ちょっと遅いけど、“こいのぼり”です。

         土庄東港から西岸を巡る県道を行くと、霞んだ海上に連なる“こいのぼり”が
                  見えました。海岸まで降りると、高松からのフェリーも海霧に霞んでいます。

Dscf0178

          急な階段を降りると、そこは、旧戸形(とがた)小学校の校庭のすぐそばでした。

Dscf0185

          Dscf0209_2


Dscf0176_2

              2000年夏、ここ、戸形崎にウミガメが産卵にやってきたそうです。

Dscf0172


Dscf0755_22                      (小豆島観光協会のOlive Rordより)クリックすると拡大   


          神戸からのフェリーが着く坂手港に近い、田ノ浦にある、“二十四の瞳”
            映画村にも、“こいのぼり”が泳いでいました。                  

Dscf9993

          岬の分教場の少し先に、壷井栄の「二十四の瞳」を再映画化したときの
                  オープンセットです。
 Dscf0022

Dscf9960

Dscf9977

           色々な昭和の風景が設えてありましたが、15時を過ぎると、食事処の
          ほとんどが“終了”だったのには閉口です。そうめんとカンバンがあった
                    ので、覗いてみても、乾麺を売っているだけでした。         

                         ポチッとよろしく!



       

2018年5月14日 (月)

小豆島 “天使の道”2つ

      
          さて、小豆島・周遊ドライブのハイライトを少しずつ綴ります。

         大昔、写真部の合宿に、関西汽船で行った微かな記憶があるだけで、
          どこへ行ったのかは、忘却の彼方。

                       今回の小豆島巡り、延べ三日間の行程とは関係なく、 気に入った
         ところを順不同でUPしてゆきます。まずは、二か所の「天使の道」。

           二日目、満ち潮の朝、土庄東港近くの「天使の散歩道」は、砂州が
               見えず、島へは行けそうもありません。 昨夕とは、大違いです。 

Dscf0292_2

          「天使の散歩道」は、エンジェルロードとも呼ばれています。初日の夕刻、
                  干潮だったので、かなりな幅の砂州が現れ、島伝いに先の島まで行けました。

Dscf0059_2

           ごつごつした岩場が続いています。

Dscf0070

          二つ目の島まで歩いて、引き返しました。夕暮れが迫っていました。

Dscf0088_2

          「天使の散歩道」は、島の西部、土庄町にあって、割とメジャーです。

Dscf0755_4                     (小豆島観光協会のOlive Roadに追記)クリッリで拡大します。


          一方、島の東岸、楠風台には、「希望の道」と云うところがあり、個人宅の
                  庭から海崖の細い階段道を下って、目の前が開けた途端、砂州が見られます。
   Dscf0585

       三日目、朝からの海霧が午後になっても晴れず、対岸の島も霞んでいました。幻想的。
     
Dscf0590

         「希望の道」は、砂州の幅が狭く、実感のわくたたずまいだと云えそうです。
 Dscf0598


Dscf0582

          「希望の道」ができるのは、14:40と云うことでしたが、神戸へのフェリーの
                   時間までに余裕がなく、先を急ぎました。

Dscf0583


                           ポチッとよろしく! 



 

2018年5月 7日 (月)

ぐるり小豆島 <ごはん>

         連休直前、二連泊の宿がとれたので、小豆島へ行きました。ゆっくりしょうと
        思ってはいたんですが、三日間、車で島内を走り回って、些かくたびれました。
         写真の整理が未だなので、まずは、ごはんを並べてみます。初日の夕食。

Dscf0123_2

           このほかに、てんぷらも付いてきました。ちょっと食い過ぎ。

Dscf0126

              二連泊。泊りは、土庄の小豆島シーサイドホテル 松風。
 Dscf0130

          二日目の朝食。ミニコンロで、味噌汁とハムエッグ。これはアイデアやね。
 Dscf0141

          土庄町役場前の「土渕海峡」近くで、昼食を探してうろうろ。結局、「麺鯉」
         と云うちょっと分かりにくい店にて、ラーメン。サイズを聞かれて、隣席の方に
                  教えてもらいました。これが(小)。旨かった。

Img_20180430_122832

             ヤマロク醤油の“しょうゆアイス”と“しょうゆプリン”、鶴醤かけかけ。

Dscf0463_2

          二日目の夕食。前日とは趣向が違いますな。

Dscf0475_2

              そうそう、食事は、4食とも同じ個室食でした。これもよかったな。
 Dscf0477
    
          そして、讃岐牛のステーキ。熱々で出てきました。

Img_20180430_192943_2

Dscf0481

    
            三日目の朝。食後にコーヒーも。
 Dscf0488

              昼食は、福田港フェリー乗り場横の直売店で、うわさのアナゴ丼。

Dscf0541_2
          
       濃霧で遅れた姫路からのフェリーが着く前だったので、楽勝で座席確保。旨し。

Dscf0553         

       まあ、ほぼ一周しました。道路と駐車場が整えられているのには感心しました。
            Dscf01332                                           (クリックで少し拡大)


                      ウトウトしてたら、「明石海峡ですよ~」と船内放送。もうすぐ神戸や。

Dscf0666

          霧の影響で少し遅れ、神戸到着は、18:50。晩飯は吹田SAで天津飯。
 Img_20180501_194712

             小豆島は、初訪でしたが、行くところがあり過ぎで、エエとこでした。
            見どころ紹介は、のちほど、ボチボチやる予定です。   


                            ポチッとよろしく!
                   
  
 

2018年1月19日 (金)

「右近の里」へ ③

          お正月をはさんで、暫く飛びましたが、3回目の「右近の里へ」です。

          「右近の里」である高山には、豊能(とよの)町高山コミュニティセンター
                  の「右近の郷」がありました。廃校になった旧高山小学校を改装したもので、
                  都市と農村の交流施設として2009年に開設されたものです。(駐車可能)

Dscf0839_2

          “右近の郷”に車を置かせてもらい、高山を歩きます。住吉神社の御旅所
                   だと云う石燈籠があり、道標には、「右 みのを」 とあります。

Dscf08492

          高札場(こうさつば)。法令を板札に墨書した掲示板で、キリスト教を禁止
                  するために建てられたとか。現在あるのは、昭和52年に再興されたもの。

 
     
Dscf0776       

Dscf08332
Dscf07722

           高札場の建屋の傍らに、“力石”が置いてありました。地域の青年達が、
          昭和の初期まで、力比べに用いていたそうで、大きいのは、103kg、小さい
                     のでも60kgあるそうです。

Dscf08322_2

            高山右近の奥方(洗礼名ユスタ)は、近在、余野城主の娘だそうです。

Dscf4139_23        


          “高山マリアの墓”への上り口。急な小路を上ります。 

Dscf0761

          Dscf07522

                      高山右近の母の教名はマリアだったそうですが、このマリアの墓と呼ば
                   れる墓の言い伝えは明らかではないと云うことです。もっとも、墓碑には、
                   江戸中期の年号が刻まれています。

Dscf0739   

    
Dscf07352

           “右近の郷”の少し北には、住吉神社もありました。

Dscf08542_2

          住吉神社の門前には、広い棚田が広がっていました。

Dscf08592

          “高山棚田”は、10月の“高山右近フェスタ”の際、棚田キャンドルナイトと
                   して、2,500本のローソクが点灯されるそうです。ペットボトルの細工ものが
         並べられていました。(残念ながら、点灯までは居れませんでした)

Dscf0866

          車を停めた“右近の郷”に戻りました。夫人の名前の“志野”は、右近没後
          200年記念事業の、この夫婦像の除幕式に際して贈られた名前だそうです。

Dscf0763_2

                     「右近の里」①~③は、2017年9月に取材しました。(了)            



                            ポチッとよろしく!
 

2018年1月15日 (月)

・・・ひろしま

          JR西日本の“元旦乗り放題切符”を使った弾丸ツアー。次は広島です。
                  小倉駅在来線ホームから新幹線に行くと、JR九州の窓口の先にJR西日本
          の緑の窓口がありました。乗換え時間は、5分しかありません。
                    “元旦乗り放題切符”と指定席交付記録券を提示して、4分後の“のぞみ”
                の指定席を頼むと、「間に合いますか?」と云うので、「頑張ってください」と
          お願いしました。すると、「手前の係員のいる改札を通って急いで」とのこと。
          お陰で、14:10の“のぞみ”に余裕で間に合いました。けど、入場刻印が
         省かれてしまいました。ちょっと残念・・・。
 

Dscf4778_2

Dscf4794

Dscf4795_2

          実は30代の頃、前職の会社は、このドームの川向いに営業所があって
                   ときどき広島に来る機会がありました。しかし、ドームほかの“被爆施設”を
                   訪ねないままで、今回が初訪問になりました。

Dscf4803

Dscf4811

Dscf4812

              ドームから「広島平和記念資料館」まで、平和記念公園を歩きます。

Dscf5004_2                       (広島原爆死没者追悼平和祈念館のパンフより)

Dscf4807_2
  
 Dscf4819
                  
                 原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)。モニュメント越し
                                  に原爆ドームが遠望されます。ここも外国の方が多かったです。 

         
Dscf48442

            広島原爆死没者追悼平和祈念館は、地下に広がっていました。

Dscf4845

          ここは、祈りの場。周囲には、かつての広島の街並みが描かれています。
                   さすがと云うか、ここは、来訪者が少なく、静かなたたずまいでした。

 Dscf4846

          広島平和記念資料館の外観。館内は、外国の方を含む、大勢の見学者
                   で混雑していました。(撮影すべきでないと思い、写真はありません)

Dscf4851

                        ちょっと、打ちひしがれたような余韻のまま、“めいぷる~ぷ”
                                 のバス停に向かいました。一旦、広島駅へ戻ります。

  Dscf4852

               1日400円で乗降り自由です。乗客の大半が外国の方でした。

Dscf4786

                   広島駅で、20:01発の“のぞみ”の指定席を確保してから、
                                夕食です。2時間半あるので、お好み焼きでも、と改めて
                                バスを待っていると、ターミナルに、やけに腰の低いバス
                                がいました。

 Dscf4857

               お好み焼きは、どこも行列が長くて断念せざるを得ませんでした。
              仕方なしに、広島そごうの食堂街で鮨にしました。

  Dscf4860

          “めいぷるーぷ”のバスは、既に終了してるので、紙屋町から路面電車です。

  Dscf4863

          広島駅前の路面電車(広島電鉄)ターミナル。行先別に3線ありました。

Dscf4866

               元旦乗り放題切符。新幹線の座席指定は6回まで可能です。

          
Dscf4874

                来年は、博多にピンポイントで行こかなぁ・・・。

Sanyo_shinkansen_map_plain

                             ポチッとよろしく!
      
 

2018年1月12日 (金)

「九州鉄道記念館」

         元旦ツアーで門司港にくれば、「九州鉄道記念館」に行かねばなりません。
        貨物機関車“キュウロク”がお正月のいでたちで出迎えてくれました。
 

Dscf4725_2

         寝台特急“あさかぜ”を牽引していたC59 1の動輪。磨き込まれています。

Dscf4745_2

 Dscf4744


          駅ホームのような展示場に、クラッチ方式の気動車。幼き頃、よく似たのに
          加古川線の谷川~野村(現・西脇市)で乗ったように思います。2両連結なの
           に、各々に運転士がいて、協調運転とか云う難しいことをしていたそうです。
           これ、気動車と云っても、ディーゼルカーではなく、ガソリンカーです。
                  
Dscf4749_2

          車内に入れます。ガソリンカーの座席は記憶にないのですが、福知山線
                  の汽車の二等客車は、大体こんな感じでしたな(全部、直角の対面シート)。
                  油が浸み込んだ板床で・・・。
 Dscf4750_2

          明治~昭和初期に活躍した三等車とプラットホームを再現したそうです。

Dscf4763

          三等車の座席は畳敷になっていたようですな。
 Dscf4755
    
          明治24(1891)年に建てられた、旧九州鉄道本社屋(近代化産業遺産)
                  が九州鉄道記念館の本館です。
 Dscf4754

            常設展示コーナーには、歴史的な列車のヘッドマークが大集合。

Dscf4758

            九州鉄道記念館は、JR門司港駅のそば、門司港レトロラインの
           九州鉄道記念館前駅の隣に設けられていました。レトロライン観光
                       列車“潮風号”は、残念ながら冬季運休中でした。

Dscf4721_3

          JR門司港駅。終端駅独特の雰囲気がいいですね。
                  明治24年に九州鉄道会社が路線の起点と定めた標識を、鉄道建設100周年
                  を記念して再建した「0哩(ゼロマイル)標」がありました。
                     なお、鉄道記念館脇にも、旧標が設置されていました。

Dscf4766_2       
    
 Dscf4769

          広々としたホーム群が、かつての繁栄を主張しているようでした。

Dscf4772

 Dscf5002_2                                                             (九州鉄道記念館のパンフより)


                 この、13:51発の荒尾行きに乗り、小倉へ。

Dscf4770

                JR西日本の元旦乗り放題切符のエリア外なので、
                                 JR九州の切符を買いました。

Dscf4774

                  次は、小倉から “のぞみ” で広島まで戻ります。



                            ポチッとよろしく!  



 

より以前の記事一覧

無料ブログはココログ
フォト
2018年7月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック