旅行・地域

2018年11月16日 (金)

玉置神社≪熊野行の終りに≫

            ここは、既に奈良県十津川村ですが、今回の熊野行のフィナーレは、
             標高1,000mにある玉置神社です。陽が傾き始めています。急がねば!

             玉置神社は、大峰山系の南端に位置し、古くより熊野~吉野の大峰
           修験道の行場の一つと云い、平安時代の神仏混淆で熊野三山の奥院
            霊場として栄えたそうです。
       
                          境内には、樹齢三千年と伝わる神代杉など、杉の巨木があり、平成
           16年、「紀伊山地の霊場と参詣道」として、世界遺産に登録されました。       
                   

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           十津川温泉からの、かなりな難路を登り続けること小一時間、鳥居前の
          広い駐車場に到着しました。この先、山路を30分近く歩かねばなりません。

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           アップダウンのある山路を歩いて到着した本殿。ひんやりしてきました。

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           この図の下の道が参道です。かなりな山路でした。

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           参道の周囲は、杉の巨木が屹立していて、うっそうとした景観です。
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          ほぼ、ひと気がないので、神秘的と云うか、怖いところに来たと云う感じです。

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           右を道を行って、左の道から戻ってきました。左は大体が緩やかです。

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           さて、16時過ぎです。これから大阪へ帰るだけです。4時間弱でしょう。

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               焦って、ナビを無視したら、折立に出るつもりが、酷道425号に
              大回りしていて、ロスタイム1時間。真っ暗な山道は、不安、不安。
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               国道168号に戻れたとき、そして五條で京奈和道に乗れた
              ときには、まあ、何とも云えない安堵を感じたものでしたよ。
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               往復430km、なんともマニアックな車旅は、これにておしまい。
              長々とお付き合いいだだき、ありがとうございました。お疲れ~。

               なお、冬季を除く土日祝には、十津川温泉からのツアーバスが
              運行されています(完全予約制)。奈良交通の“新宮特急バス”で
               昴の里に泊まると、当日中に果無集落、翌朝午前中に玉置神社
              へ行くことができます。(奈良交通/平谷営業所 0746-64-0408)

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2018年11月12日 (月)

瀞峡から果無集落へ

 

                      瀞峡(どろきょう)へは、瀞流荘から車で5分の小川口乗船場から
            ウォータージェット船に乗ります。志古から乗る時間の半分で行けます。

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           50年近く前に来たときは、バリバリと煩いプロペラ船でしたが、ウォーター
           ジェットは、割と静かで強力、ぐいぐい北山川(熊野川の支流)を遡ります。

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           両岸の村々に渡る高い吊り橋の下を、天井を開けて進みます。

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              田戸乗船場で下船休憩、鮎の塩焼きを売る屋台店がありました。
              喰わねばなりますまい。

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              再乗船し、“上瀞”へ向かいます。

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           両岸の巨岩、奇岩がいろいろに名付けられていました。

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           奇岩より、ウォータージェット船が作り出す波と泡の方が気になります。
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               道の駅ほんぐうで、めはりずしの昼食。果無(はてなし)
              へ急ぎます。
      
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           一度、国道168号から果無集落への脇道に入り損ねました。狭い急坂が
          続くその路は、崖っぷちを縫って、延々とつづく怖い道でした。       

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           果無集落の少し手前の、数台分の駐車場に車を置いて歩きました。

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           バス停の前を横切る細い小道、それが熊野古道小辺路(こへち)でした。

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           毎週月曜にだけ、2往復の村営バスが通っています。
 
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           熊野参詣道小辺路(こへち)が一軒の軒先を通っています。

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           果無(はてなし)集落は、“にほんの里”100選に選ばれているそうです。

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          熊野古道の交差点がここにあったと云うことなんでしょう。

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            沿道の、湧き水を引いた水鉢に活けられた一輪の花が印象的でした。

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              少し歩きたかったのですが、次の玉置神社へ余裕がありません。

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2018年11月 9日 (金)

トロッコ電車と ≪熊野行③≫

           さて、いよいよ“トロッコ電車”です。かつて紀州鉱山で使用されていた
           トロッコ電車の一部が動態保存されていました。ホテル瀞流荘(入鹿温泉)と
           1km先の掛け流し温泉(湯ノ口温泉)との間を毎日6往復しています。

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201809131606241                                                               (瀞流荘の案内パンフより)
                                                                              

         そして、もう一つが “レールマウンテンバイク”です。トロッコ電車と同じ線路を
        時刻表に従って、決まった時間に走るのですよ。
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    せやけど、レールマウンテンバイクは、翌朝の予約なので、まずは、トロッコ電車です。                                                       

    瀞流荘到着は、トロッコ電車の最終少し前、急いで乗り場に向かいました。
    この手形は、往復のトロッコ電車と湯ノ口温泉に入湯がセットされています。
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               トロッコは、5両編成。バッテリー式機関車がけん引します。
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             車内は狭く、座ると向かいの人の膝が当たります。一両の定員は8名。

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                最後尾に乗った16時発の最終トロッコ電車が発車。複線の線路が
              残されていますが、片方しか使われていないようです。

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           最後部から振り返ると、トンネルに照明の“輪”が見えました。
          車内灯による影と、トンネルの光景が妙な具合に撮れていました。
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           時速6kmほどで、約10分走って、湯ノ口温泉駅に到着。
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           前に回って、トロッコ電車の全景を撮りました。

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      帰りのトロッコ電車は、17:10発。一時間ほどの温泉入湯時間が確保されています。
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              熊野の秘湯、湯ノ口温泉は、源泉掛け流し。100円玉を二つ
              用意する必要があります。(ロッカー用、後で戻ります)
   
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     夕暮れが迫ってきていました。帰りの最終に乗車です。乗り込みは、少し窮屈です。 
          
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           出発前に、お許しを得て、トンネル内から撮りました。

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           瀞流荘駅に帰着。運転士さんが、各車両内部を点検されていました。
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           瀞流荘駅のスグ下に、ホテル瀞流荘。今夜の宿です。

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              ≪美熊野会席≫串焼き付き。半個室スタイルです。
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              朝食には、熊野の茶粥も別に用意されていました。

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              朝、北山川のビューポイントへ登ると、トロッコ電車の駅舎が眼下にありました。
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     トロッコ電車の運転士さんから注意事項を聞いて、しっかりヘルメットをかぶります。         
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         3人だったので、往路は、ベンチシートに座りました。9時40分、出発進行!

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         次発、9時55分のトロッコ電車の乗客のみなさんに見送られて、気分も高揚。
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              瀞流荘駅を発車すると、間もなく、トンネルです。
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            トンネル内では、ゴーゴー、ガッタンと結構うるさいけど、それが堪らん。
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              約1km、電動アシスト付きで、案外軽く疾走できますが、15分後
             には、トロッコ電車が追い掛けてくるのです。脚力が要ったかな。
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               本来は、このあとの折り返しは、10時45分発ですが、11時の瀞峡
              ジェット船に乗りたいので、昨日入湯している湯ノ口温泉をパスして、
                  10時15分発に臨時変更してもらいました。
                   トロッコ電車の運転士さんが、一人でレールマウンテンバイクのセッ
             トや機関車の機回しもされているので、時刻表に従った運営が必要
             だったんですね。ちょっと迷惑を掛けしてしまいました。
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           今度は、“力行”です。案外軽く進行します。ゴーゴーとガッタンの音が
          一層、心地よく響きます。 爽快ですな。

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           瀞流荘駅に到着。トロッコ電車とレールマウンテンバイク、終わりました。
         このレールマウンテンバイク、以前、ブログ「いそしずのライナーノート」で教
          えてもらって温めていたものです。いそしずさん、お元気でしょうか。
       
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                 ちょっと長くなってしまいました。ご勘弁ください。トロッコ電車も
                            レールマウンテンバイクも、下記が窓口です。
             入鹿温泉ホテル瀞流荘 ☎ 0597-97-1180 熊野市紀和町小川口158

201809131606242                                  (瀞流荘のパンフより)
            
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2018年11月 5日 (月)

赤木城址と鉱山資料館/熊野②

    
           昼食のあと、国道311号を赤木城址へと向かいました。

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           赤木城址への途中に、丸山千枚田を見ることができます。ビューポイントが
                     あちこちにありましたが、一旦歩いて下ると、上りが大変なので、ちょっとお茶
                     濁しです。今日中に、トロッコ電車に乗りたいので、あまりゆっくりできません。
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           ずいぶん高い位置に拓かれた段々畑群です。田植えの時季とかなら、
           もっと素晴らしい光景が広がっていたはずですね。

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              丸山千枚田は、日本の棚田百選にも選ばれ、一時、530枚に
             まで減少していましたが、現在は、1,340枚もあるとのことです。
                              一枚当たりの面積が小さいこともあって、保存には、苦労され
             ているようで、千枚田オーナー制なども活用されていました。

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           赤木城址へ急ぎます。赤木城は、築城の名手・藤堂高虎によって築かれ
           た平山城で、近世の城郭機能を兼ね備えており、築城当時の原形を残して
                    いる貴重な城跡と云われ、国の史跡になっています。

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           石垣の下に車を停めて、階段状の坂道を登ります。
 
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           てっぺんからの眺望。北側は、山また山・・・。

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          高所なので、山霧が出やすく、しばしば竹田城のような“天空の城”の光景
         が見られるそうです。

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          赤木城は、藤堂佐渡守が、天正年間の紀州攻めの際に北山入りし、四国
          へ移るまでの11年間の間に、整備したもののようです。

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          “城下”を見降ろすと、きれいな山の裾野が広がっています。

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           さて、時間が押してきましたが、トロッコ電車への途中なので、紀和鉱山
           資料館に寄りました。資料館の前には、鉱内電車が静態保存されていました。

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          この資料館、結構、金が掛かっている感じでした。大阪に居たと云う係の
         方が、詳しく説明してくれます。奈良時代から盛んに採掘されていたらしく、
         奈良大仏の造立にも銅が供出されたそうです。

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           鉱山の鉱脈(「ひ」と呼ぶらしい)を再現していました。
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              リアルなジオラマがたくさん用意され、ゆっくり1階へ降りるエレ
                           ベータを坑内移動のエレベータに模した案内をされていました。
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              ピーク時には13社もあったと云う鉱山でしたが、昭和53年に閉山
             しました。金や銀、鉄など色々の鉱物を産したそうですが、一番は、
             銅だったそうです。

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           次は、トロッコ電車に乗車して、かけ流しの湯ノ口温泉に入湯です。
        

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2018年11月 2日 (金)

花の窟神社≪熊野行①≫

           10月27日からの熊野方面への遠出は、中々にマニアックな車旅でした。
          五條から、国道169号を一気に熊野へ出たあと、同311号で熊野・瀞峡へんを巡って、
          同168号を走って戻ってくると云うものです。1泊2日なので、やや強行軍。
  
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               道の駅「杉の湯川上」で柿を試食したりしながら快走。大台ケ原へ
              の分かれで左へ、新伯母峯トンネルを抜けます。この“酷道”169号
              に代えて、新しい道路ができるようです。期待しましょう。            
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           熊野へ抜けると、出発時の雨はどこへやら。強い日差しに辟易しながら、
           「花の窟神社」に詣でました。花の窟(いわや)神社の由来は古く、また、
         社殿がなく、高さ45mの石巌壁の正面に壇を設けて拝所となっていました。

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           “ご神体”を撮ってエエんかいな、と思いつつ、ゲキシャ、大き過ぎるなあ。
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           日本書紀にみえる日本最古の神社であり、日本神話のルーツだと云います。  
         
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           アマテラスの母神であるイザナミノミコトが火神を産んで灼け死んだと
           き、ここに葬(かく)し祀ったんだと伝えられています。
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             二月と十月には、御綱かけ神事があり、三重県の無形文化財です。 

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          花の窟神社は、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」にも登録されています。
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           門前には、“お綱茶屋”があり、少し遅めの昼食を摂りました。

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               好物のさんま鮨もあったので、つい手が出てしまいました。
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            好調にスタートした今回の熊野行。次は、丸山千枚田と赤木城址です。
          こんな調子で、しばらく、多分、断続的につづきます。おつきあいください。

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2018年10月22日 (月)

奈良/唐古・鍵遺跡公園

      
          台風つづきで閉じこもっていた反動で、近場のあちこちに出掛けました。
                   奈良/田原本(たわらもと)町の「唐古・鍵遺跡史跡公園」は、奈良盆地の
                   中央部にあった弥生時代の集落遺跡跡を復元整備した公園です。

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          この復元柱の下には、大型建物跡が眠っているそうです。

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           昭和52年以降続けられた調査で、30haに及ぶ巨大環濠集落であったこ
           とが判明、石器や土器はもちろん、青銅器の鋳造も行っていたそうです。   
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           この史跡公園は、まあ、広~い原っぱです。  
         
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           第74次調査で見つかった大型建物の模様が、「遺構展示資料館」にて
          再現展示されていました。
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           そこには、弥生時代の様子が再現されたジオラマも展示されています。

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           シンボルの楼閣は、第47次調査で発見された土器片に描かれていた絵図
           をもとに、平成6年に復元されたものだそうです。また、この池は、江戸時代に
         農業灌漑用に造成されたものだと云うことです。

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           雲が広がって、空が重くなってきました。

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             公園の駐車場わきに、“日立の樹”みたいな柿の木がありました。
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 67548385_2                                      (田原本町のHPより)


              公園のスグ西の道の駅「レスティ唐古・鍵」には、“からころカフェ”も
             ありましたが、南隣の“得々”にて親子丼とざるうどんのセットで昼食。
     
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2018年10月15日 (月)

ちょっと “岡電”に

           四国の帰り、岡山で時間ができたので、駅前から“おかでん”に乗ってきました。
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           地元で“おかでん”と愛称される岡山電気軌道。ホームは、道路の真ん中です。

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           2002年に導入された超低床車「MOMO」は、電停との段差がありません。

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              ドイツから車両ベースを輸入し、新潟鐵工所で上部構造を製造した
             そうです。岡山出身の水戸岡鋭治さんによるデザインです。  
            
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              連接車になっているので、カーブでは、真ん中で折れ曲がります。

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              停留所によって、出口が左右にあるので、真ん中に料金箱が
             あります。PiTaPaも使えました。
 
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           岡山駅前から20分弱。終点の東山・おかでんミュージアム駅に到着。     

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           乗って来た、「MOMO」が折り返しポイントへ走り去りました。

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           時間が気になって、既に待機していた岡山駅前行きに乗ります。          

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           岡山駅前に戻ってきました。降車ホームは、乗車ホームの手前にありました。

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                駅前から県庁通りまでは、100円。その先は140円とリーズナブル。

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                安い“おとなび”切符は、さくらが指定されていました。

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                 既に祭ずしは売り切れ。一つ残ってた すき焼き重をゲット。

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                お土産は、岡山駅在来線構内の花イチゴで、マスカットゼリー。

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2018年10月 1日 (月)

弥富、白文鳥の発祥地

            愛知県の西南、三重県と県境を接する弥富(やとみ)市の歴史民俗
                    資料館を訪ねました。2006(平成18)年、海部郡弥富町と十四山村
                    (じゅうしやまむら)が合併して弥富市となったもので、この資料館は、
         旧弥富町役場であった建物です。
 

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           資料館では、白(はく)文鳥の“ぶんちゃん”が迎えてくれました。今年5月
                     に生まれてスグに資料館で飼い始めたそうです。弥富の文鳥文化を末永く
                     伝えていくために、“文鳥職員”として働いているのだそうです。
         
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           最盛期には、300戸近くで 30,000番(つがい)以上が飼育され、全国の
          文鳥シェア80%を担う、日本唯一の産地であったとのことです。

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                                   弥富市は、愛知県の西の端に位置しています。
20180929185433                                 (弥富市観光ガイドブックより)


               資料館には、盛業当時の飼鳥用具が展示されていました。
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               小学校時分に、確か、こんな藁かごを買って、手乗り文鳥
                             を育てたことがありましたな。 

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              我々の頃は木箱だったように思いますが、輸送には、
             段ボール箱が使われていたようです。「生鳥」ってねぇ。

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              文鳥農家の様子。こんなんやったんやねぇ。
                           現在も文鳥生産を続けている農家は、2軒だけだそうです。
   Dscf0404                                      (展示写真より)

    
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               資料館の階段の壁面には、白文鳥のレリーフが飾られています。

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            資料館前から、コミュニティバス “きんちゃんバス”に乗りました。
           その車体には、文鳥でなく、いま盛業の金魚が描かれていました。

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           乗車20分、又八(またはち)バス停の真ん前に、ピンクのお宮がありました。

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        神明社、通称又八神社の境内に、狙いの「白文鳥発祥地」の碑がありました。
       江戸時代末期に又八新田に嫁入りしてきた人が、奉公先だった武家屋敷から
      桜文鳥をもらってきたのが始まりとされています。明治時代になって、突然変異
             で白文鳥が生まれ、それを固定したことを顕彰する記念碑です。

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               この辺りは、海抜ゼロメートルに近い土地が多く、水郷の
              景観が広がっていました。

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               弥富駅南東の国道1号線沿いに、「白文鳥の電話ボックス」
              が設置されていて、マニアの間では有名らしいのですが、仕事
              の合間に訪ねた私には、時間が足りませんでした。残念。    

20180929185434                                (弥富市観光ガイドブックより)


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2018年8月13日 (月)

“ミニ・ナイアガラ” 黒滝

    
               JR福知山線三田(さんだ)駅からバスで25分、兵庫県三木市のナイアガラとも
         呼ばれる「黒滝」に行ってみました。見た目だけでも冷涼効果を求めて・・・。

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            緑豊かな丘陵を流れる美嚢川にかかる黒滝は、大きな一枚岩から水が
                       すだれ状に落ちる、落差4m、幅30m、川幅いっぱいに広がる横長の滝です。
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          熱心にカメラを構えるおネエさんは、ゴム長を履いて、動き回っていまし
                  た。水に入らないと、対岸へ渡れないのです。

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                JR三田から社(やしろ)方面行きの神姫バスを二瀬川停で降りて
               も、何の案内もありません。地形から見当をつけて歩きます。

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                進行方向に20歩ほど進んで、左の田んぼの中の小道を見ると、
               その突き当りに車が2~3台停まっていました。はっはぁ~ん。

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          階段状の崖の下に、丘陵を削って流れる美嚢川が眼下を流れていました
           が、“ナイアガラ”と呼ぶには、ちょっと迫力不足の感じでしたな。

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           ここへ来るには、ゴム長靴を持参し、対岸へ渡らないと、いいアングルに
           恵まれそうにありません。暑いのですが、戻りのバスの時間まで我慢です。

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                三田駅行きのバスは、冷房が効いていて快適でしたが、
               25分で580円。やはりと云うか、乗客は、2~3人でした。

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               三田駅からは、“丹波路快速”なら、38分で大阪駅に到着。

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             黒滝近くでの駐車は規制されていて、歩いて10分の山田錦の館が
            指定されていました。二瀬川バス停からなら、歩3分でした。

 
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2018年7月30日 (月)

昔さがし、京橋・蒲生・今福 ③

   
              改めて、京橋・蒲生・今福の位置関係を整理しておきます。 
  
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           今福小学校の東寄りで、寝屋川の堤防道と合流する古堤街道(右手)。

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           今福郵便局発祥の地碑。城東区は、こうした石碑が流行ってるのかも。
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                   ⑫ 栄照寺の鐘楼は、本堂の屋根の上に突き出ていました。

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          境内には、室戸台風遭難学童の碑がありました。1934(昭和9)年の室戸
                  台風で木造校舎が全壊し、多くの児童が亡くなったそうです。それ以来、大阪
            市は校舎の鉄筋化を進めたそうです。

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           ⑬ なにやら大層ですが、皇大神宮です。平安末期の創建で、天照大神
                     が祭神。かすかな記憶では、東西南北のダンジリが喧嘩して、彫り物の龍
                     の目玉を奪い合ったんやなかったかな。祭礼のダンジリが戻ってくるのを
                     待っていると、お菓子を配ってもらえました。待ち遠しかったったなぁ。

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          ⑭ 大正時代、鯰江川の三郷閘門樋の工事のときに、楠で造られた大きな
          丸木舟(長さ13.5m、幅1.9m、深さ0.8m)が発掘されたそうです。大阪城内に
          展示されていましたが、戦災で焼失してしまったそうです。

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         新喜多大橋の少し南にある三郷橋稲荷社の脇には、大坂冬の陣古戦場の
                碑が建てられていました。
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         詳しいことが、傍らのカンバンに説明がありました。ふう~ん。知らんかった。

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         話しついでに、鯰江小学校の門前を通過。OBです。当時は木造でした。

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          蒲生4丁目と云えば、城東商店街。酒の出原も、何とか残っていました。
         この奥にあった、テアトル城映と云う ちょっとエロかった映画館は、とっくに
                 なくなっていました。

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         暑いときでしたが、懐かしいエリアを歩きました。これでおしまいです。
        鯰江小や蒲生中のOB・OGの方、見てくれましたか?
    

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