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2016年8月19日 (金)

大阪の“真田丸”歩き ⑥

 さて、8/13(土)の“真田丸”歩きのつづきです。次は、平野駅です。(下の写真は、地下鉄平野駅南口コンコースにて撮影)

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 平野駅の南口から南港通りを東へ、500m程でバス通りを北へ、こんな土蔵をみながら進みます。
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 旗さしものが異様に賑やかな平野中央本通り商店街に入って、その東端の「平野郷樋尻口門跡」をめざします。
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 樋尻口門(ひのしりぐちもん)と云うのは、かつて堺と同様に、自治的な環濠集落を成していた平野郷の、13箇所あった木戸口の1つです。道明寺合戦に敗北した幸村らは、豊臣軍を追って進軍してくる家康が平野で休息することを予想して、この樋尻口の地蔵堂に地雷を仕掛けたそうな。
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 案の定、家康が現れたものの、小用にたってその場を離れたため、難を逃れたと云われています。その爆破の際、地蔵の首が商店街の中ほどにある全興寺にまで飛んで行ったと伝えられています。(この辺り、今は平野公園の一画になっています)
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 筋向いには、安藤正嗣次の墓所もありました。正次は、大坂夏の陣とき、徳川秀忠の旗奉行でしたが、前田利常、本多康紀への使者の途中に深手を負い、再起不能を悟って自害したと云われています。
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 商店街を中ほどまで戻ります。杭全(くまた)神社のまつりでは、全興寺へ神輿渡御があり、かなりなケンカ祭りのようです。祭り装束のお店は盛大でした。
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 全興寺(せんこうじ)です。杭全神社の奥之院とも云われています。“ひらの街角博物館”の1つ「駄菓子屋さん博物館」もあるのですが、開館は午後のようでした。
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             閻魔さまのいる地獄堂がありました。
            祠の入口に立つと、自動扉が開き、こんな光景が現れます。
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           とにかく暑いので、ちょっと一息。サンガリアのひやしあめ。懐かしの味。
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          平野と云えば、かつて、ちんちん電車(南海平野線)がありました。
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          商店街の西端にあった南海平野駅跡は、プロムナードになっていました。
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  阪堺線と同様の路面電車で、恵美須町・天王寺駅前~阿倍野~平野間の運転でしたが、地下鉄谷町線の延伸開通に前後して廃止になりました。
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           アーケードのカンバンがそのままになっていました。               
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   Dscf7919202                                     (大阪市交通局頒布の「幸村が駆け抜けた大坂」より)

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