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2015年3月 6日 (金)

まぼろしの「恭仁京」

 「恭仁京(くにきょう)」は、奈良時代のごく短い期間おかれた京(みやこ)です。その趾が、奈良市から北へ木津川を渡った先、京都府木津川市加茂(かも)地区に比定されています。



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 聖武天皇により、平城京から遷都(741年)され、大極殿も移築されたそうです。しかし、都としての完成をみないまま、造営は中止(743年)され、翌年には近江の紫香楽宮、次いで、難波京に遷都(744年)、更に、745年には、平城京に戻されています。

  


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  この恭仁京の大極殿は、後に山城国分寺になったそうで、史跡の指定名称は、「恭仁宮跡(山城国分寺跡)」となっていました。上の写真は、七重の塔の礎石だそうです。 
 
  


   
 
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  恭仁京大極殿趾・・・。


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  山城国分寺趾、恭仁京趾の石碑。 
 


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  この小庵は、少し離れたとこにある海住山寺が管理しているとの札が掛かっていました。
  


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  もともと、この辺りは、谷と木津川の氾濫原によって、細長く制約されるため、平城京をコンパクトにした小規模な京(みやこ)であったようです。

 


  
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  恭仁京跡の周囲は、広い平原(田畑)でしたが、道端に、「恭仁宮大極殿趾」の石碑が倒されたままになっていました。なんでやろ・・・。

   

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  “参道”っぽいところにも、石柱が転がっていました。これは車止めかも知れん。

  

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 JR加茂駅と地区とを結ぶコミュニティバスが、時間待ちかで、駐車していました。



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  恭仁京跡へは、JR加茂駅から徒歩30分くらい。木津川市のコミュニティバス奥畑線などが恭仁宮跡前を経由します。(本数は僅かです)

 

   

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