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2014年6月27日 (金)

聖徳太子のお墓を守る叡福寺

  順番が前後してしまいました。

 近つ飛鳥博物館から、クルマで15分ほど北へ行くと、聖徳太子ゆかりの叡福寺(えいふくじ)に至ります。このお寺は、“上の太子”と通称されていて、近鉄喜志駅から出る金剛バスの停留所名は「太子前」です。


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  バス停の向かい側の見上げる位置に、南大門がそびえています。 
  

  

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  階段を上がって左手にある多宝塔。


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 叡福寺は、聖徳太子の御廟を守るために建立されたんだそうですが、織田信長の兵火によってすべて焼失、現在残っているのは、その後に順次再建されたものだと云うことです。

  南大門のずっと奥の、二天門の階段を上がったところに、聖徳太子廟がありました。


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  この建物の後方は、叡福寺北古墳です。聖徳太子母(穴穂部間人=アナホベノハシヒト=皇女)と、聖徳太子、太子の妃(膳部菩岐々美郎女=カシワデノオミホキキノイラツメ)が葬られていると云いますが、異説もあるようです。 

  

  
  
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  中世には、三棺合葬の形を阿弥陀三尊に結びつけ、三骨一廟とよんで信仰の対象になったりもしたそうですが、変わった構造になっています。ここも、宮内庁の管轄です。 

  

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  斜面を登るように建てられた御廟の建物を見て、奈良・吉野の川上神社上社でみた光景と重なるように思いました。

 
 
  

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←ここに、斜面を登る建物が見えます。上端にも、お社がありました。

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  御廟の前の、二天門から南大門を振り返ってみました。


  

  
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 緑に囲まれて、こじんまりと落ち着いた境内です。

  
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  南大門下の駐車場も、境内散策も自由、寺宝館のみ200円。太子前へのバスは、近鉄電車喜志駅から1時間に2本程度です。

  
  

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  因みに、大阪府八尾市の勝軍寺が“下の太子”、同 羽曳野市の野中寺が“中の太子”と呼ばれているそうです。


                            ポチッとよろしく!
 



  


  

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