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2014年1月13日 (月)

「飛行神社」 は 二宮忠八翁のねがい

 京都府八幡市は、石清水八幡宮のおひざ元にある街です。

この八幡(やわた)つながりで、愛媛県の八幡浜市生まれで、日本で最初に動力飛行器(機ではなく)を飛ばしたと云う二宮忠八翁によって、1915(大正4)年に、八幡市の自邸内に創建されたのが「飛行神社」です。



  

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 入口正面には、F104戦闘機のジェットエンジンが展示されています。

 




 
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  そして、中ほどには、昭和58年に大阪湾で漁網に掛かって引き上げられたと云う零式戦闘機のエンジン部分が展示されていて、ちょっと感慨に打たれます。


  

  


 

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 この建物の奥に三つの社殿があり、正面に交野市の磐船(いわふね)神社の御祭神を、向かって右手には、航空殉難者と先駆者を祀る祖霊社、同左手の薬光神社には、薬祖神として、忠八翁に縁のある製薬業界の先達方が御祭神として祀られています。




   

  
  

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  二宮忠八翁は、カラスが滑空する姿を見て、1891(明治24)年にゴム動力を使った「カラス型飛行器」を作成。次に、人が乗れる「玉虫型飛行器」を考案して、軍用機として研究開発してもらうべく、設計図を添えて上申したが受入れられなかったそうです。








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  そこで、自力で作るしかないと除隊し、大日本製薬に入社、心血を注いで功績をあげ、同社の発展に尽力されたとのこと。のち、資金も貯まったので、自力での飛行器開発の条件が整い、出身地(八幡浜)とよく似た地名の京都府八幡に土地を求め、飛行器の完成に向けて努力していたんだそうです。



  
 


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  そんな折り、1903(明治36)年12月17日、アメリカのライト兄弟が動力機による初飛行に成功との報に接したんやそうな。
 そして、今から作っても、真似をしただけとの評価しか受けまい、と拳を握りしめて無念の涙を流したと云うことです。

  



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 時はうつり、世界を飛行機が飛び交う時代となったとき、飛行機による犠牲者が多く出るようになったのを見るにつけ、忠八翁は、その霊を慰めるために、八幡の自邸内に私費を投じて飛行神社を創建、自ら神職となって航空安全と航空事業の安全とを祈願することになったそうな。


  
  


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 なお、境内には「二宮忠八資料館」もあって、忠八翁の自筆の資料や写真、更には、ずいぶん沢山のミニチュア飛行機など、企業や個人から寄贈を受けた品々も展示されています。但し、撮影禁止なので、パンフレットだけを掲載しときまっさ。





  
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 京阪電車の八幡市駅前のロータリーの先の橋から、飛行神社の建物が遠望できます。
駅から南東方向へ歩いて5分くらいのところです。


  

  



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  参考文献  飛行神社パンフレット

          「飛行神社と二宮忠八」 1993年(宗教法人飛行神社刊)






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